DATE 2017.11.23

横浪修「子どもが生み出したものに“ いい” とか“ 悪い” とかはない」

さまざまな写真家の“子どもになって撮る1 枚”をご紹介。第4回目の写真家は、横浪修さん。一緒に考える、写真の魅力、写真の不思議、写真てなあに。

子どもは計算も邪念もないからこそ大胆なものが生み出せる

差し出された写真は、夜のお祭りの写真。誰もがこころの中に覚えている風景のような、どことなく懐かしさを誘う。「子どもって、何も考えずシャッターを押すのかな、と。大人、特にフォトグラファーは、カメラをのぞくと知らない間にアングル、構図、ピント、露出などを計算してしまうもの。でも子どもは何も邪念が無い。だからこそ大胆で、僕たちには真似できないものができあがるんですよね。子どもが生み出したものに“ いい” とか“ 悪い” とかはないんじゃないかな」

 

お祭りの写真は、どれもピントがぼけいているものや、下からのアングルのものなど。実験のように試しで撮ってみた写真とのこと。

 

「ローカル感や昭和っぽい感じが好きで、毎年行っているお祭り。いつもはもっときちんと撮っているんですが、今年はラフに撮ってみようかと思って。仕事として写真と向き合うので、“ きっちり撮る” ということをずっとやってきた。でも、“ もっと自由に撮りたい” って気持ちもどこかにあって。だから、シャッターを押せば何かが写っているだろうみたいな感じで、写っているものがどうこうではなく、それをやったことでその先に何かが見えないかなぁと思い、ノーファインダーで実験的に撮ってみました。今回“ 子どもになって撮る” というテーマをいただいたときに、この写真のことを思い出しました。これってまるで子どもが夏祭りでお父さんやお母さんからカメラを借りて撮ったみたいな感じの写真だな、と僕の中でリンクしたんです」

その先に何かが見えるかもしれない、それを期待して実験的に写真を撮る。キャリアも技術もある横浪さんだからこそ、初心に返りたいと思う時があるのかもしれない。

 

「荒々しさ、やんちゃさ、型を破った強さみたいなものを求めていて。でもやっぱり、ノーファインダーで撮るくらいしないとなかなかそこまではいけないような気がするんですよね」

ずっと撮り続けているのはどこか” 違和感” がある写真

子どもを被写体とした作品や撮影も多い横浪さん。ご自身の作品では4 年半かけて、1000 人の子どもたちを撮影した「1000 Children」が、話題となったことは記憶に新しい。

 

「ピュアなものが好きなんです。だから、作品でこどもを1000 人撮ったときは、3歳半から5 歳までの本当に無垢な年頃に絞りました。こどもを撮るときは、とんでもない反応やちょっとした何かが起こることを常に待って狙っています。まるで、ハンターみたいな気持ちですね。その場の感覚や瞬発力を大事にして撮りたいと、常々思っているので」

 

そんな横浪さんの写真との出会いとは?

 

「中学2 年生のときに『池中玄太80キロ』という、報道カメラマンが主役のドラマをたまたま観ていて、今までは仕事=机の上でするものと思っていた常識みたいものが覆されました。仕事で色々なところに行けるっていいなぁと思った。ただそれだけ。それで高校を卒業して写真の専門学校へ行くことに。その頃も、授業での作品づくりでは子どもやおばあちゃんを撮ったり、おかしなポーズをとってもらってへんてこな写真を撮るのも好きでしたね。こうやって機会をもらって改めて思い返してみると、今と通じるものがありますね。すんなりとはいかず、ん?とどこかにいい違和感を感じる写真がすきです」

 

忙しい中でも時間を作り、作品と向き合う時間もきちんと大事にしているという横浪さん。

 

「大人になると、色々言い訳して動かなくなるもの。何事も行動力が大事だと思う。意識して、やり続けていかないといけない。そういった使命感、危機感みたいなものが僕の中には常にありますね。自由で大胆なこどもたち。そんなこどもたちに撮り方を教えてあげるというよりも、逆に学びたいくらいです」