映画『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやってきた』監督のモーリス・デッカーが語るその全貌とは?
Q.監督はノーマが東京に期間限定の店を出すというプロジェクトをレネ・ゼネビから聞いて、すぐに映画にしたいと申し出たそうですね。
レストラン全体が他の国に行くということは非常にユニークなプロジェクトですし、マンダリンホテルという限られた空間で、短時間で達成するという挑戦が、すべて映画としての良い素材だと直感したからです。この映画で私が達成したかったことは、世界一のレストランが14の新しい料理生み出すという経験を、観客も一緒に体験してもらいたいということでした。
Q.レネたちの食材探しは全国各地に及んでいますが、森の中を歩いたり木の葉っぱや蟻を食べたりと、ただの食材探しではなく、日本の風土を体感することが重要視されているように感じました。
その通りです。ノーマの料理をコペンハーゲンから持ってくるのではなく、日本でノーマの哲学に基づいた料理を生み出すということが今回のチャレンジでした。リサーチは1年以上を費やして、彼らは季節ごとに何度も日本を訪れています。結果的にできた料理は、日本の文化風土がすべて盛り込まれているものに仕上がっていると思います。
Q.監督自身も撮影で同行した旅で新たな発見はありましたか?
日本は南北に長い列島で、北海道のように寒い地域もあれば沖縄のように暑い地域もあります。レネたちに同行して東西南北いろんな土地を訪れたのですが、それぞれに違った食材があり、同じ食材でも微妙に味が異なっていて、日本の食文化の豊かさと美しさを実感しました。また、レストランから農業にいたるまで、小さなスケールで行われる日本人独特の仕事の仕方も興味深く、自分の人生観が変わるような旅でしたね。
Q.レネ・ゼネビというシェフばかりが注目されますが、映画ではチームでの協働の重要さも伝わってきました。
シェフの名前を表に出しているレストランが多い中で、ノーマはチームとして売り出しています。レネ自身もチームを必要としているし、チームもレネを必要としていて、相互に依存している良い関係ができあがってるんですね。一人ひとりは世界一のシェフではないかもしれないけど、チームみんなが集まるとノーマになり、世界一のレストランになっているんだと思います。
Q.完成した料理は一見すると奇抜に思えるものがありますが、ノーマの料理の価値基準はどこにあると思いますか。
既存の常識にとらわれず、完璧なタイミングで収穫した材料を、さらに完璧な状態に料理することを彼らは日々研究しています。ノーマで食べる料理は、皆さん初めて食べる味だったり食感なので、それまでの経験と比較する対象がないんですね。ですから、誰もが必ずしも“美味しい”と感じるとは限りません。リラックスするのではなく、心を開いて新しい体験をする準備をしていないと、彼らの料理を楽しむことはできないと言えるでしょう。ただ、その体験は1カ月後でもはっきり思い出せるものです。味も匂いも身体で感じて思い出せるという意味では、私は絵画の体験に似ていると感じています。今回の映画を撮ることは、私にとってはゴッホが『ひまわり』を描くのを間近で撮影しているような感覚だったんです。そして、観客の皆さんには、この作品をノーマの15品目の料理として楽しんでもらえたら嬉しいです。