4月某日
仕事に出かける前、かばんの中に豚の挽肉が入ったパックを見つけて「ヒッ」と声が出た。昨日買ってそのまま忘れていたらしい。傷んでいないことを祈りながら冷蔵庫に入れる。コロナの影響で遠方の友人たちとも連絡を取り合う機会が増え、これはこれでうれしい。夜は朝の挽肉を使って海老とセロリ、大根と搾菜の餃子。大根のは桉田優子さんのレシピを見たもので、桉田餃子のあの独特な包み方も真似る。最近は子がなんでも手伝いたがり、餃子もいくつかクチュクチュとくるんでくれた。
4月某日
きたないお手手で目や鼻や口をさわってはだめだよ、と子に教えていたら、人体の主要な穴がほぼ顔面に集中している不思議に気づく(そして、おしりまわりにも)。亡くなった志村けんさんが麻布十番でよく飲んでいたということを知るが、いまいちピンとこない。「志村けん」はわかる。「麻布十番」もわかる。ただ、そのふたつがうまく結びつかないのだ。わたしは芸能人を架空の生きものかなにかだと思っているのかもしれない。夜はなにもする気がせず、無印良品のレトルトカレー(子はバターチキン、わたしはスパイシーチキン、夫はラム肉)。つけあわせにブロッコリーと卵だけ茹でる。翻訳の直しはいよいよラストスパート(と、言ってからが長い)。
4月某日
日中は家じゅうの取り外せる扉をすべて外すことにしてみたら、明るい光と風が部屋のすみずみまで届いて気持ちがよい。子がテレビばかり観たがるので、なにかほかの遊びを考えなくては。夕方、近所の有名なビストロがテイクアウトをはじめたので、散歩がてら予約したセットを取りにいく。本日唯一の外出。子連れだとこうしたお店にはなかなか伺えないのでうれしい。夜、仕事をしようと思うものの、夫の観ていた『B面ベイビー』というNHKの番組がおもしろくてソファから離れられない。嬉々としてゾンビ愛を語る磯村勇斗さんが素敵だ。
4月某日
10時ごろ起床。昨日の野菜不足を反省してスープなど仕込んでいたら、遅い朝ごはんとなった。パンとパテなども残っており朝から豪華。なにもしていないのに、あっという間に時間が過ぎる。16時頃、自家製つけめん(出汁を濃いめにひいてつゆを作り、メンマ、もやし、ゆで卵、海苔)、ひとつ原稿を書いて送信。20時ごろ、夫が駅前でテイクアウトしてきた焼き鳥とポテトフライ、それに湯豆腐をつくる。ランラランのランで一週間。
4月某日
どこかへ行きたいと想像することさえ、今はかなわないのだと思うとつらい。ついに明日から本格的に自宅作業が決定した。子を保育園に迎えに行く途中でもう桜が葉桜となっていることに気づく。今年は花見もまだしていないというのに、季節は待ってくれない。夜、いよいよ緊急事態宣言が出る。
4月某日
スーパーへ行ったら立派なタケノコが売られていたので、おもわず調理法もよくわからないまま買う。昼は昨夜のカレーの残りを温め、夕飯用に買ってきたイカフライもひとりで食べる。ついに明日から保育園もひと月、休園となってしまった。これからしばらくワンオペかと思うと、自分の緊急事態が本格的に始まったという感じ。毎日三食作らねばならぬと思うと気が重い。夜は焼魚、もやしと青菜の味噌汁、ポテトサラダ、トマト。子はリクエストによりまんまるチャーハン。
4月某日
朝から2時間ほどかけてタケノコを茹でる。保育園のおかげで子もようやくオムツが外れてきたところなので、この隔離生活でこれまでの努力が全なしになってしまうのは避けたい。がんばらねば。家から一歩も出ないで過ごしていると、穴ぐらの中で暮らしているような気分になる。たびたび仕事のメールが届くが、パソコンを開くとまちがいなく子もさわりたがる。テレビをつければおとなしくしてくれるけれど、テレビ漬けの生活にはしたくないので悩ましいところ。夫の職場はこの状況下でも平常運転、時差通勤ですらなし。夜はたけのこの土佐煮とたけのこご飯、ブロッコリーの塩昆布和え、みそ汁。
4月某日
離れて暮らしてもう長いのに、大人になるにつれ母親に似てきたと感じる。子といるときの話し方など特に。極力買い逃しのないよう、スーパーに出かける前に周到に買い物リストを用意するが、それを忘れて家を出るのが自分である。一回休み。
4月某日
いろんなひとの自室の写真を目にする機会が増え、気づいたことがある。わたしはおそらく、これまで読んできた本の量が圧倒的に少ない。蔵書もそれほどない。自分の中にあるものを守ろうとして、意図的によそからの情報をシャットダウンしていた時期が長いのだ。あれは間違っていたなと今では思うけれど、過ぎた時間を悔やんでもしかたないので、まあこれからがんばろう。夜、豚肉をすき焼きのようにして食べたらおいしかった。子は寝る時間になってもまだ元気を持て余している。やはりたまには外に連れて行って、体を動かす必要がある。
4月某日
昼食の後、子を連れてすこし遠くの公園まで歩く。もはや日中に仕事をするのは、ほぼあきらめている。子がほかのことに集中している隙に、携帯でさっとメールの返信をするぐらい。いつもはがらんとしている公園なのに、着いてみるとわりに人がいるのでおどろいた(とはいっても広いので、いちおうソーシャル・ディスタンスは取れているのだと思う)。キャッチボールをするひと、バレーボールをするひと、花見をするひと。みんなが外で遊んでいるさまは、なんだか昭和の景色を見ているよう。
4月某日
大雨。近所の川があふれかけているらしく、警報が鳴っているのが聞こえた。
4月某日
長らく検討していた電動自転車を、この機会についに導入。これですこし離れた大きな公園にも気軽に行くことができる。念願の揚げもの鍋が届いたので、夜ははりきって油淋鶏、ちくわの磯辺揚げ、よもぎの天ぷらまでつくる。しかし、油の温度はぐんぐん上がっていく一方でおそろしい。
4月某日
朝、上司から電話。子はテレビを観ながら静かにしている。昨年度の自分の活動のまとめや、近況などつらつらと話す。夜、夫が駅前の台湾料理屋で豚足とビーフンをテイクアウト。ずっと行ってみたいと思っているが、タイミングが合わず未踏の店。おいしいけれども、やっぱりあの赤いカウンターで食べてみたい。夫と喧嘩し、子ともなにかが折り合わない日。
4月某日
テレビをほとんど観ないのだけれど、SNSだけで情報を得るのもしんどくなってきた。外で起きていることをなにもキャッチせず、ただ嵐が通り過ぎるのをじっと待つことにしたら、閉じてはいるのだろうが、いっそ静かで平和な生活を送れるような気もする。すっかり揚げものづいており、夜は鶏の唐揚げ、マカロニサラダ、レタス、しめじの味噌汁、ごはん。夜中に仕事をしているため寝不足気味。
4月某日
夫が有給を取ったので、午後、ひさしぶりにひとりで駅前の大きなスーパーへ行く。毎食自炊していると、すぐに食材が底をつく。まだ買い物のペースがつかめていない。会計をすませて帰ろうとしたら、隣の女性のカゴにマスクが入っているのが見え、焦るような気持ちで売り場へ戻るとまだ少しだけ残っていた。「おひとり様ひとつ」と書かれており、見張り役を頼まれたのか遠慮がちに側に立つふたりの店員の視線を感じながら、7枚入りを一袋入手。いよいよ生活がサバイバルじみてきたと感じる。夜、お好み焼きと鰹のたたき、玉ねぎとワカメのサラダ、きゅうりの梅和え。
4月某日
朝、翻訳の直し。キャベツが残っていたので、友人に教わったレシピでじゃがいもと一緒におやきにして昼ごはん。公園に行くと、ついに遊具にテープが巻かれ遊べないようになっていた。わりとショック。ブランコと砂場は開放されていたのでしばらくそこで遊ばせるが、大好きな滑り台ができずに子もつまらないのか、早々に切り上げる。帰りに肉屋で買ったハムカツとメンチカツでおやつ。布団に寝ころんで歌をうたっていたら、いつの間にかふたりとも眠ってしまい、夫が帰ってきた音で目を覚ます。あわてて牛肉と玉ねぎの煮物、豆苗と豆腐の味噌汁、きゅうりとわかめの酢の物、納豆、ごはん。
4月某日
古本の入ったダンボール数箱を引き取ってもらい、家が少しすっきりとする。夫は障子の張り替えに奮闘。子はきゅうにひらがながなんとなく書けるようになったので、両方の祖父母へ手紙を送る。近所の寿司屋に予約したテイクアウト品を取りに行く途中で、保育園のお友達親子にばったり会った。多くを語らずとも大変な想いを視線で共有、早くまたいっしょに遊びたいねと言って別れる。夜、買ってきた寿司のほか、サツマイモ入りのだし巻き卵、マッシュルームの味噌汁。夜中、翻訳の直し。
4月某日
ひきつづき、翻訳の直し。最近は朝、子に朝食を食べさせてから夫が出勤し、その後しばらくしたら子がわたしを起こしにくる。昼は子とふたりで自家製たこ焼き。夕方、夫が早めに帰宅したので子をまかせ、ひとりでギターを弾いたり折り紙のちぎり絵をして遊ぶ。ちぎり絵は、子をテレビから離そうとして思いついたものだが、むしろ自分のほうがはまっている。夜、サーモンとエリンギのホイル蒸し、あさりの酒蒸し豆腐、たことネギのサラダ。鰹の残りを漬けにしておいたので、それもごはんに乗せて食べる。めずらしく海のものが多い。
4月某日
麺類にかたよりがちな昼食は、手を変え品を変え、今日はグリーンカレーうどん、子は釜玉うどん。ふと、自分は根本的にふざけているし軽薄なので、こんな危機的状況下ではまったく不要の存在なのではないかという思いにおそわれて気が滅入る。夜は揚げ豚、ネギの春巻き、カブのサラダ、ごはん。夫から「5キロ増えた」というおそろしい話を聞く。
4月某日
みんなもすなるオンライン会議というものに初参加。家族以外の人と顔を合わせるのがひさしぶりすぎて、昨夜風呂に入ったというのに直前にまたシャワーを浴びた。この外出自粛の約三週間で買ったもの。揚げもの鍋、シャワーヘッド(まだ届いていない)、ふすまを張り替える紙、障子を張り替える紙、掘道広さんの金継ぎの本、髪切りハサミ二本(まだ届いていない)。夕方、自転車で片道15分ほどかけて隣町の店へ頼んでいたお弁当を取りに行く。ひさしぶりに外の空気を吸って体を動かしたため、つかれて爆睡。