「森岡書店」店主・森岡督行が語る「自分の本屋人生の原点となった一冊」【絵本と本と私の物語 #01】
子どもの頃に夢中で読んだ絵本は、ストーリーの隅々まで覚えていなくても、記憶の断片に忘れられない思い出として深く刻まれているはず。
あのページのあのイラスト、主人公のあのセリフ、あの時絵本を読んでくれた、あの人の声……。
その一冊の絵本との出会いが、後々の人生に大きな影響を与えることもあるかもしれない。
今回、そんな思い入れのある絵本との思い出を語ってくれるのは、東銀座のレトロなビルの一角で「森岡書店銀座店」を営む、森岡督行さん。森岡さんは神保町の老舗古書店「一誠堂」でキャリアを積んだのち、茅場町でギャラリーを併設した書店を10年間運営。2015年に現在の東銀座に場所を移転し、「一冊の本を週替わりで販売する」というコンセプチュアルな書店を開いている生粋の“本のプロ”だ。そんな本の世界に身を置く森岡さんが幼少期に愛読していた、「自分の本屋人生の原点となった一冊」と称する絵本を紹介してくれた。
「今になって思うんです。この物語は私の本屋としての人生そのものだなって」
「私が幼少期に大好きだった絵本は、土方久功さんの『ぶたぶたくんのおかいもの』。いつ、どのようなきっかけで出会ったのかは覚えていませんが、気づいたら自分の側にいつもあって、繰り返しこの物語の世界に浸っていた思い出があります。自分一人でも読んでいましたが、祖母に読んでもらった記憶もありますね」
柔らかな眼差しで絵本を見つめながら、そう幼き日の思い出を反芻する。
子豚のぶたぶたくんが近所へ買い物の旅にでながら、たくさんの面白い人に出会っていく様子をユーモラスに描いた本作は、発売から30年以上経つ今も多くの子どもたちに愛されている名作だ。
「独特なタッチのイラストが味わい深いですよね。どのページも印象深いですが、パン屋さんで買い物をするページのイラストが特に大好きでした。そこで売られているパンの形がなんだか不思議で。『こんなパン、食べてみたい。作ってみたい』、そんな風に思ったのを今でも覚えています」
パン屋の先には、くねくねとした道がずっと続いていく。ぶたぶたくんは、次にどんな場所へ行き、どんな人に出会うのだろうか。当時、この先の展開にワクワクしながらページを読み進めたという。そして大人になった今、森岡さんはこの物語に自身の人生を重ね合わせる。
「不思議なもので、この絵本が今の自分の人生を表しているように思えるんですよ。古本屋の仕事も、買い付けに出かけて、売り手の人や書店の人などさまざまな人に出会って、話をして、購入する。その道のりが、ぶたぶたくんのお買い物に重なるなと。だからもしかしたら、この本は私の仕事の原点なのかもしれない。今になってそう思うんです」
著者・土方久功さんの「冒険家」としての生き様に惹かれた
本作の著者・土方久功さんは、東京美術学校(現在の東京藝術大学)の彫刻学科を卒業後、南洋のパラオ島に渡り、現地の人と生活を共にしながら彫刻制作と民俗研究に従事したという特殊な経歴の持ち主。そんな土方さんの生き方を大人になってから知り、より深くこの作品の魅力に気づけたと語る。
「大人になって改めてこの絵本を読んで思うのは、土方さんの生き方が、この物語のバックボーンになっているんじゃないかと。ぶたぶた君は近所を巡って買い物をするのですが、近所と言えども、ぶたぶた君にとっては全く知らない世界なんですよね。未知の世界に旅に出て、そこで自分の知見を広げていく。著者の土方さんもスケールは違いますが、南洋に出て、現地の人と触れ合い知見を広げて、ものづくりをしていく……。
ぶたぶた君の姿に、土方さんの開拓者・冒険家としての生き様を感じ取れる気がするんです。そこが、この絵本の魅力の一つじゃないかと思います」
森岡さんは自然豊かな山形県出身。幼少期は大の読書家というより、冒険好きな子どもだった。そう、それは土方さんやぶたぶた君のように。
「幼少期に私が夢中になったのは、川遊び。近所の川は激流で、深くてかなり危険だったのですが、川の岩下にたくさんの鮎がいて、その鮎を衝いて捕るの楽しかったんです。そのハンティングする楽しさっていうのは、今の仕事にも繋がっています。本屋の仕事も、『ブックハンティング』なんて言いますからね。自分で見聞きして探し当てて、これだ!と思ったものを捕まえる。そういう狩猟的な仕事に昔から惹かれるんでしょうね。
そんな性格なので、『ぶたぶたくんのおかいもの』の物語や土方さんの生き方に惹かれるのかもしれない。大人になっても気づくと手にとるのは、全く未知の世界に入り込む話や、冒険物語が多い。自分の好きなものの世界観は、ぶたぶた君が起点になっている気がします」
子育ての思い出の中にも、この絵本がある
今では15才と10才になった2人の娘さんたちがまだ小さかった頃、彼女たちも父と同じく、この本に夢中になった。
「特に上の娘がハマっていましたね。娘たちのお気に入りだったのが、八百屋さんでのお買い物のシーン。お店のお姉さんがものすごく早口なのですが、私がバーっと早口でそのセリフを読むと、もう大笑い。「もう一回、もう一回!」って、何度そのセリフを読まされたか(笑)
私も小さい時に読んでもらったし、我が子にもたくさん読んであげた。そして何より、自分の本屋人生を表しているような絵本でもある。だからこそ、子どもの頃から大人になった今でも、特別な一冊ですね」