DATE 2021.06.09

空想の世界を信じられなくなった大人に読んでもらいたい、幻想的な旅物語【絵本と本と私の物語 #05】

絵本の読み聞かせを通して、作品の持つ強いメッセージに親自身が気づきを得ることは多いだろう。今回グラフィックデザイナーの長嶋りかこさんが、息子さんのお気に入りの一冊であり、自分自身の心にも響いたというある絵本を紹介してくれた。

 

2018年に出産し、現在は2才の男の子を育てる母でもあるグラフィックデザイナーの長嶋りかこさん。仕事に育児に忙しい毎日の中でも、大切にしているのは絵本の読み聞かせの時間だ。かつて本屋がない街で育った長嶋さんも、今では息子さんの絵本を求めて、定期的に本屋を訪れている。そんな日々の中、昨年のクリスマスシーズンに親子で夢中になったと言う絵本が、C・V・オールズバーグの『急行「北極号」』だ。

『急行「北極号」』絵と文:C・V・オールズバーグ 訳:村上春樹 あすなろ書房 1,650円(税込)
『急行「北極号」』絵と文:C・V・オールズバーグ 訳:村上春樹 あすなろ書房 1,650円(税込)

空想の世界を信じる心は、大人にこそ必要だと思う

「息子が好きな絵本はたくさんあるのですが、『急行「北極号」』もまた、息子が何度も読んでと言う絵本です。彼は電車が大好きなのですが、この絵本は初っ端から機関車が登場するので、心を鷲掴みにされています。1歳の時のクリスマスは、まだ『サンタさんが来る』という事を理解していなかったのですが、2歳のクリスマスにはそろそろ理解できるかな?と思い。冬に向けてこの絵本を読み、サンタクロースという存在を伝えながら、親子で気持ちを盛り上げていた思い出の一冊です」

 

村上春樹が訳したことでも有名な本作は、主人公の少年と子どもたちが汽車に乗って北極点を目指す、幻想的な旅の物語だ。北極点の町でクリスマスを祝福するサンタクロースと小人たち。サンタクロースから贈られる粋なプレゼント……。クリスマスの煌めきやワクワクをギュッと詰め込んだストーリーが展開され、ラストには主人公がサンタクロースからもらった鈴の絵と共に、サンタクロースを信じる心を問うメッセージが添えられている。

 

「最後のページはどちらかといえば大人へ向けたメッセージのように感じて、『あなたは大人になってもこの鈴の音が聞こえる人間ですか?』と問いかけられている気がしました。きっと今、息子には鈴の音が聞こえるんだろうなと思うと同時に、私もかつてはこの音が聞こえていたな……と思い出して。空想の世界を信じる心は子どもだけでなく、大人にこそ必要だと、オールズバーグと村上春樹、そして息子から教えてもらったような気がしました」

絵本の物語ともリンクする、大切なクリスマスの思い出

鈴が描かれたラストページを読んだ時、長嶋さんの脳裏には、ある幼少時代の思い出が鮮明に駆け巡った。それは良く晴れたクリスマスの日のこと。窓際にいた父と姉が何かを見つけて、急いで長嶋さんを呼んだ。

 

「『急いで、早く!行ってしまう!ほら、音が聞こえるよ!』と、2人が慌てながら言ったんです。『こっちこっち!あぁ、サンタがもう見えなくなってしまう……』そう言うので私は驚いて空を見たのですが、『行ってしまった……見えなくなっちゃったねぇ』と言われて。ガッカリしながらも、『見たの?どんな風だった?』と質問しながら、サンタは本当に空を飛んでるんだと興奮しました。2人が私を喜ばせようと芝居をしたわけですが、でも確かにあの時、シャンシャン鳴る音が聞こえたんです。もちろんそれは想像の音なのですが、このエピソードを振り返るとき、必ずその音も思い出されるんですよね。あの時の寒くて清らかなキリっとした冬の空と、温かい陽射しにピッタリな音です。そんな思い出が、この絵本を通してふと蘇りました」

幼い頃は当たり前のように信じることができた、空想の世界。しかし大人になるにつれ、それを本気で信じることは難しくなっていく。だからこそ、子どもの無限に広がる空想力や信じる力に、長嶋さんは多くを学ぶという。

 

「『急行「北極号」』を読んで、私も息子と一緒に鈴の音が聞きたいと思いました。クリスマスがこうして脈々と続く理由は、目に見えないことを信じることの尊さに、大人も触れていたいからかもしれないですね。

子育ては、自分を育むことでもあるなと常々感じますが、絵本を読む時間も、私から何かを与えるというより、息子の反応を通して私自身が感情を引き出されたり、学ぶことが多い。読み聞かせをするたびに、子どもは一冊の絵本でこんなに遊べるのかと驚きます。絵をつまみ、絵を食べ、絵を投げて、絵を歩かせる。子どもは絵本の絵をページから切り離し、目の前に現すことができる。そんな風に子どもの空想力に触れて一緒に遊んでいると、私の空想力も鍛えられているような気がします」

子どもの難しい問いを、絵本が受け止めてくれる

絵本を読んでいる時や、散歩に出かけた時。「なんでこうなの?」「どうしてああなの?」という子どもたちの無限の問いかけに、親ならば誰しも直面したことがあるだろう。長嶋さんも“知りたい盛り”の息子さんから、「どうして犬は犬なのか」「どうして恐竜は恐竜なのか」といった質問を投げかけられる日々を送っている。

 

「子育てを通して、子どもって『我々は何者なのか』『どこから来て、どこへ行くのか』、といったゴーギャンの絵画のような問いが、すでに頭の中にある存在なんだと気づきました。大人の誰しも分からない問いに、子どもは常に向き合っているんだなと。

目に見えないものを見て、問い続ける。人間にとって大事で、だけど難しいことを、子どもは毎日のようにやっている。だからこそ彼らからの問いは難題が多いのだと思います。でも絵本は、そんな子どもの本質的な問いを拡張したり、深く考えさせたり、答えに導く器がある。そういった器を持っている絵本に出会うと、『あぁ、私も子どもの時に出会いたかったな』と思うけれど、でもこうして息子を通じて出会えてよかったとも思っています」

 

『急行「北極号」』もまさに、読み手の空想力や思考力を存分に引き出してくる器の広い作品だろう。しかし2歳児が理解するには、文字量が多く難しいのでは?と最後に聞いたところ、ある面白い秘策を教えてくれた。

 

「息子に読む時は、全部読まないで要約して読むんです(笑)。その日の気分で彼の読みたいスピードがあるので、例えば早く読んで欲しそうな時は、スピーディにページをめくりながら、『電車が来たね』『お友達がたくさん乗っているよ』など、一言二言添えて話をまとめてあげる。ゆっくり読みたい気分かなという時は、出来るだけ文章を多めに読んであげる。そうやって読み方を都度、子どもの気分合わせて変えてあげています。そうすると、2歳児でも最後まで楽しめるみたいです」

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