七五三の写真から考える、私たちが今できること ーイチゴイニシアチブ のおはなし【後編】
「あの子のおやつ」から見えたこと。イチゴイニシアチブのおはなし【前編】はこちらから。
本日は染谷さんには東京で子育てをする父親代表として、この席に参加していただきました。現在、都内だけでも約60カ所の児童養護施設があり、そこで多くの子どもたちが生活をしているという現実について、どんな感想を持ちましたか?
染谷真太郎さん(以下 染谷):この鼎談の前に大まかな情報をいただいたのですが、自分が現状を知らなかったことも含め、大変衝撃を受けました。都内に60ヶ所ってことは、僕の住む地区にも児童養護施設があり自分の子が通う学校にも施設に暮らす子たちがいる可能性もあるということですよね。
市ヶ坪さゆりさん(以下 市ヶ坪):その通りで、実はすごく身近な現実なんですよ。私自身も「イチゴイニシアチブ 」の立ち上げの際に、現状を知って驚きました。その8割が虐待理由、そのほか経済的貧困や親御さんの精神疾患などの理由で、社会的養護下にある子どもは今、全国で約45,000人以上にものぼるんです。
竹淵智子さん(以下 竹淵):そんな事実を受けて10年前に市ヶ坪さんが立ち上げたのが、私も2年ほどお手伝いをしている「イチゴイニシアチブ」なんです。当時2歳の娘の母だった市ヶ坪さんが直面した、2008年の秋葉原無差別通り魔事件。凄惨な事件の裏に見える、虐げられた生い立ちを背負う犯人と事件に至った経緯に心を痛め、とにかく何かできないかと児童養護施設を訪問されたんですよね。
市ヶ坪:自分には何ができるのだろうかという気持ちが先立って、文字通り、本当に施設の扉を叩きました(笑)。繰り返し通い、いろんな方との対話を繰り返す中で、自己肯定感を大切にするために誰もが一人ひとつ持っているお誕生日を、ハッピーにお祝いすることから始めてみようと。その原点から広がり、現在は「お祝いと学び」を軸に七五三を迎える子どもたちの晴れの日をお祝いしたり、ワークショップを開催したりしています。
染谷:施設での七五三のお祝いとは、具体的にどんなことを?
市ヶ坪:基本的には七五三の時期に、施設の対象年齢の子たちに着物の着付け、髪結い、メイクを施して、施設付近の神社へのお参りまでをサポートしてい
(編集部注:今回こちらに掲載している七五三の写真は、日頃メディアの第一線で活躍されている様々なフォトグラファーたちによって撮影されているそうです)
竹淵さんは、普段はモード誌や広告を中心にスタイリストとしてご活躍ですが、どのような経緯で「イチゴイニシアチブ」の活動に参加されたのですか?
竹淵:もともと市ヶ坪さんがPRを担当されているブランドからお洋服を借りる機会もあり、お名前は存じ上げていました。ある時、雑誌でたまたま七五三の活動についての記事を読み、「あ、この方私がやりたいことをされてる」って感銘を受けて。早速アプローチして、今では施設訪問や七五三のお祝いまで色々とお手伝いしてます。活動を通じて市ヶ坪さんの考えに共感しているのは「美の基準をなるべく落とさない」こと。着物ひとつから関わる人に至るまでの全プロセスにおいて、本物やプロのクオリティにこだわっているところこそ、「イチゴイニシアチブ」の活動が表れだと思います。
市ヶ坪:その点は頑固にこだわっています(笑)。例えば七五三の活動も、当初は私と娘の着物2点だけで、明らかに数が足りなかったのですが、決して着物なら何でもいいと門戸を広げ寄付を募ったりしなかったんですよね。結果、今ようやく、大切に保管されてきた素晴らしい着物が、活動にご理解いただだいた方の厚意によって何点も集まりました。
竹淵:お祝いの写真でも施設の子たちの写真は、顔を撮れない。だからこそ、後ろ姿でも美しい日本の伝統美あふれる着物がこのプロジェクトで大切な役割を果たします。いいものだと子どもたちの後ろ姿も凛としています。
市ヶ坪:それでもここまでの道は紆余曲折。寄付の品を渡すこと、受け取ることの難しさについても考えさせられました。寄付って実は、必ず送る側のエチケットが大切になってくるんだなって。
染谷:なるほど、送る側のエチケット。受け取る側との気持ちや目的のギャップがあるとうまくいかないってことなのかな。
市ヶ坪:ええ、もちろん送る側も善意なのは確かです。でも受け取る側の都合を考慮せず、どさっと届いた洋服や玩具などの寄付品が、実際使用できるか否か、年齢別、用途別、汚れの有無だったりを選別するのは結局、施設職員さんの負担になり兼ねない。だからこそボランティアって「してあげてるんだ」という上からの目線ではなく、自分と同じ目線で本当に丁寧に関わるべきなんじゃないかなと思っています。
竹淵:そして何より、丁寧なプロセスを経て選ばれた物やコトを通じて、子どもの美意識が洗練されたり、周囲の大人に大切にされていると感じ取るきっかけになりますよね。
市ヶ坪:寄付やサポートをしたいと思った人が「なるほど、こういうことか! 本物ってこのようなクオリティや水準なのか」と共通認識を持てるような、……例えば七五三の写真のようにプロによるビジュアルを使って感性の基準を設けることは意識的にしています。またもうひとつ、長期継続のためにも「身の丈」での活動も大切なのかなと。
染谷:送っておしまいではなく、相手が今どんなサポートや物資が必要かを電話一本で確認するなど、よく考えたら簡単なことなのに、そういうコミュニケーションを省きがちになっていました。そして「身の丈」という考え方にも共感を覚えます。
竹淵:「身の丈」でいうと、以前訪問した施設職員さんとの会話の中で「高校2年生の女の子たちをどう楽しませたらいいのかわからない」という話になって。「そんなの私、いつでも原宿に遊びに連れていきますよ!」と、話したことも。
染谷:たしかに、竹淵さんはお嬢さんもいらっしゃるし、ファッション関係者にとっては原宿こそ「身の丈」。まずは自分の専門分野だったら、取り組みやすいし継続もしやすいですしね。
竹淵:施設出身の男の子が成人式のお祝いをする際には、仕事の繋がりから、「SCYE(サイ)」のデザイナーがスーツをご提供くださって。その話をメディアが取材してくださり、さらに偶然のご縁で別のお店からスーツに合うコートまで提供していただきました。全てが自分の「身の丈」以上の展開になり驚きましたが、「自分がこういう活動をやっている」と口に出すことで、今までやってきたこと、できることが、「身の丈」から他の人に繋がって大きな支援になることもあるんだなと驚いたこともあります。
染谷:市ヶ坪さんが10年にわたって継続されている中で、時に行き詰まったり、悩んだりしたことはありますか?
市ヶ坪:直接的な食糧や物資支援ではない「イチゴイニシアチブ」の活動は、本当はあってもなくてもいいものかもしれない、果たして私たちの支援は必要なのかなって結構ずっと悩んでいました。でもある日、カトリック新聞の裏面に書いてあった「喜びは生きる力になる」というローマ法王の言葉が目に入って、あ、それでいいのかなって。つまり、生きるために水は必要だけれ
染谷:まさに、自分もファッションの価値って何なんだろう、とすごく悩んだ時期がありました。僕は今年で20年間お店をやってるんですが、当初すごく高額なベルトとか、ある意味自分にとっては刹那的とも感じるファッションも扱っていて。でも逆にそれを必要としてくれる人もいるわけで。そんな時、ある方が「ファッションは花火なんだよ、俺たち花火職人なんだ」って。「年に一度花火を見に行くでしょ。けれど花火なんて遠くからでも見られるし、花火が上がってなくとも普通に生活はできる。でも、花火上がったら気分がめちゃくちゃあがる。それがファッションだよね」って。
市ヶ坪、竹淵:とってもいい話ですね!
染谷:僕ら、命がけでファッションに取り組んでいるじゃないですか。さっきのプロとしての本気の仕事という話も含めて、本物の良さがいかに重要かを常々感じています。この前、表参道でばったり竹淵さんにお会いした時、白いTシャツをバシッと着こなしていて、カッコよかった。その時僕と一緒にいた会社の若い女子たちが、おしゃれを本気で楽しんでいる大人の竹淵さんに出会ってハッとした……そんな経験こそ、未来につながるインスピレーションだと思うんです。
竹淵:ありがとうございます(笑)。子どもって、実は普段周りにいる大人以外と交流する機会って少ないですよね。「イチゴイニシアチブ」の活動でいえば、七五三を祝うプロジェクトではヘアメイクさん、着付けの方、フォトグラファー。学びの一環として開催する職業ワークショップでは、カフェオーナーや漫画家など。“本物”の大人たちの仕事ぶりに直接触れることで、子どもたちの可能性が広がるわけで。
市ヶ坪:さらに言うとそのプロたちの仕事の熱量や本気が、すべて子どもたちに向いていることも重要なこと。特に児童養護施設に暮らす子たちは、良くも悪くも様々な大人との関わり方を経てきています。だから「その熱量や本気は、自分に向いているんだ!」という実感がその子たちの将来にプラスに繋がることは間違いないです。
染谷:今回のお話を聞いていて思ったことは、ファッションを好きになるのって10代が多いからこそ、その年代にファッションを通した本気本物の感性を知ってほしいなということ。「Shinzone 」が力を入れているのは生デニムなんですが、履き込んでいくとすごくいい色落ちや履きジワが出るんです。シャトル織機で織られたその生地を、子どもたちにも知ってもらえたらいいなあ。
市ヶ坪:いいですね。
染谷:例えば子どもたちにジーンズをプレゼントして1年間履いたらこんなにカッコよくなった、というプロジェクトはどうでしょう。ビフォー・アフターの写真も撮りつつ。竹淵さん、サイズ選びなどお手伝いをお願いできますか?
竹淵:もちろんです! あの日転んだときにできた穴とか思い出の一本になりそうですね。
市ヶ坪:そんな成長の時間が刻まれたジーンズをまた、子どもが客観視できることもいい。さらには、デニムのプロから話を聞くことも経験になるはず。……実は私、前から「福祉」という分野はファッションにぴったりなんじゃないかと思っていて。「福祉」の本来の意味って、英語だと “Welfare”と訳すのですが、「人々の幸福で安定した生活を(公的に)達成しようとすること」なんですよね。
染谷:なるほど、分野は違えどファッションも福祉も、人が幸福に生きるための要素。そしてスタイリストでもデザイナーでもPRでも、僕たちはわかりやすく、かっこよく人に何かを伝える活動が割と得意。だからそんな部分で参加したり協力できることはたくさんあるのかもしれません。
竹淵:日本では特に、どこか「福祉=贅沢してはダメ」みたいな、見えない概念に縛られている気がします。そんな中、例えば国から施設に支給される被服費で購入する子供服にしても、選べる範囲で素敵な一着をセレクトするといった、感性を引き出すプロセスを加えることができたら……きっともっと楽しくなりますよね。
市ヶ坪:そうそう。誰でもカッコよくて素敵なものは気分が上がって好きなんですもの。クリエイティブな感性や美意識を持った目で「福祉」の世界に入ってみたら、竹淵さんが「あれもやってみたら……?こうしたらもっと……!」って思うみたいに、小さな気づきがたくさんあるはず。そんな気づきをすくって、スタイルアップして時代と合致させてることで、社会ってアップデートして行くと思うんです。私は自分が「身の丈」でできることとしてファッションを軸に活動していますが、誰もが「身の丈」でできることから何か動き始めると、もう少し社会を先に進められるんじゃないかな、と思います。