DATE 2021.12.20

「子供地球基金」代表・鳥居晴美さんに聞く、子どもとアートのハッピーな関係

世界中の子供の絵で、貧困や紛争、災害などで心に傷を負った子供たちをサポートする子供地球基金。全ての子供がハッピーになるために30年以上活動を続ける創設者であり代表の鳥居晴美さんに話を聞いた。子供にとってアートはどんな意味があるのか、子供の絵のもつパワーとは。

アートを通じて世界中の子供への支援を続けている子供地球基金。設立から30年以上経つ現在も、ますますその活動の幅を広げている。

 

絵を描くことで気持ちを表現したり、創造性を発揮したりすることの大切さを唱え、国内外で随時アートワークショップを開催し、それは紛争や災害、貧困などで心に傷を負った子供たちに向けても行われている。

そして集まった子供たちの絵は、カレンダーやパッケージのデザインや絵画展に展示されるなどして収益を生み、結果的に支援されている子供が支援する側になる。子供が子供を支援するというまさに持続可能な仕組みを作り出している子供地球基金の代表であり創立者である鳥居晴美さんに、話を聞いた。世界の子供たちを見てきた鳥居さんが語る、子供のこれまでとこれからとは。

 

鳥居さんの息子さんが描いた絵。ここから全てははじまった。息子さんは現在アーティストとして活動中。
鳥居さんの息子さんが描いた絵。ここから全てははじまった。息子さんは現在アーティストとして活動中。

――子供地球基金を立ち上げたきっかけ、アプローチが子供の絵というのはなぜでしょうか?

 

今から30年以上前、息子を入れたい幼稚園をさがしていたんですが、なかなか見つからず、ならば自分で作ってしまおうと、表現教育に特化した幼稚園をつくったのがきっかけです。そのなかで、息子が描いた一枚の絵がきっかけとなり、子供地球基金に発展しました。

ただ、最初から「子供の絵」に注力していたのではなく、その幼稚園では子供たち自身がボランティア活動をするということをスタートさせました。毎日子供たちと「1日ひとつよいことをする」という目標をつくって、近隣のゴミ拾いをしたり、老人ホームに歌を歌いにいったり、飢餓の患者の病床に明るい絵を飾りに行ったり。

ただ、子供たちができることって大人はすべてできてしまうんですよね。じゃあ子供しかできないことってなんなんだろうかって思って。子供が作る絵、アートって素晴らしいなということに気づいて、子供たちの絵を通して活動を広げていくことにしました。

――ボランティア活動のなかで、子供の絵だったり、賛同してくれる方は周囲にどんどん増えていった感じですか?

 

そうですね、当初は日本では「他者のために」とか「社会のために」っていう意識は高くはなくて、すぐにたくさんの人から賛同を得られたというわけではなかったです。たまたま初年度にCNNに私どものやってる活動がニュースとして取り上げられたんですが、それをきっかけにアメリカ人のソーシャルワーカーやオーストラリアに住んでるスイス人の方が活動を広めてくださったりということにつながりました。どちらかというと、日本じゃなくて、世界中ほかの国々の方達が、すぐに賛同してくれたってことが現実なんですね。日本ではじまった活動なんですが、海外で賛同者が増え、日本でも支えてくれた企業はほとんど外資系でした。

 

――最近はどうでしょうか?

 

いまは社会課題にコミットしようとする企業が本当に多くなっていて、私どもの活動にもご理解をいただき一緒にコラボレーションさせていただくこともすごく増えてきました。創立時と比べると、驚くほど変わってきたと思います。大きな契機だったのは、東日本大震災です。あの地震の後、人や企業の意識が、ガラッと変わったような気がしますね。やはりそれまでは、私自身も貧困地域にいってサポートする立場にあった。けれども初めて支援を受ける立場にまわったことで、日本国内の意識もだいぶ変わってきたと思います。

 

――支援されるということがようやく身近な問題として受け止められたんですね。30年以上の活動のなかで、印象的だった出来事はありますか?

 

これまで50か国近くの国で活動して、地球の大きな災害などにも立ち会いながらいろんな局面をみてきましたが、そのなかで特に記憶に大きく残ってるのは、チェルノブイリの原発事故の支援活動ですね。

それはほんとにロシア政府の支援を得て、原発事故で孤児になった子供たちの支援を現場でしてきたんですけど、ホルモン異常をきたして、スペースアウトしたというか、ほんとに無表情な子供たちと絵を描くワークショップをしたりとか。そのなかでも私たちが日本から手編みのセーターを持っていった時に、子供たちがほんとに嬉しい顔をしてくれたときは、胸がいっぱいになりました。

カンボジアのアートスクールで。
カンボジアのアートスクールで。

――子供が絵を描くことは子供にとってどんな作用というか、どういった意味があると思いますか?

 

子供たちが絵を描くことは、子供たちが自分の心に耳を傾けること、心の内面を知ることです。一枚の画用紙に絵を描いたり、色を塗ることで、自分が作り出すアートというものを実感して、創作の楽しさを知ることができるんです。

病気や貧困や戦争直後の子供たちなどは絵を描くことで、実際に寡黙で暗かった子が言葉を発するようになったりするんです。さらにどんどん言葉が出てきてスピークアウトするっていうような瞬間にも何度も立ち会ってきました。

 

 

――ワークショップでは子供たちにどんな言葉をかけるんですか?

 

状況によって違いますけど、自分の自由な形で気持ちを表現してほしいので、具体的な言葉を添えるようなことはせず、場と機会を提供することしかしないんです。子供たちが絵を描く過程で、何かを創造していくうちに、自分自身で自分の立場を理解したり、受け止めたり、あるいは自分の苦しい思いを吐き出すことで、ひとつの何か線を越えたり…。そういう体験ができる子供達がたくさんいるという感じです。

 

――子供たちの自立性を促すわけですね。それですぐに描けるものですか?

 

少し戸惑う子供もいますが、比較的にあっという間に何かひとつのアートをつくりあげていきますね。日本はどちらかというと親が過保護だったり、親の意見をまず聞いてから何かやらなきゃいけないっていう子供達も多い気がしますが、世界中の子供たちは奔放にあっという間にアートをどんどん仕上げるっていう感じで、すごい速度でたくさんアートを仕上げます。

クロアチアのキッズアースホームでのワークショップ。
クロアチアのキッズアースホームでのワークショップ。

――鳥居さんたちが直接ご覧になる子供は困難な状況にいることが多いお子さんだと思いますが、お子さんたちが描く絵には、困難なことと、絵っていうのが反映されるのでしょうか?

 

やはり反映されると思います、ほとんどの場合は。私たちは心の病棟、精神疾患のある子供たちの病院にもいきますし、災害直後の子供達と絵をかくこともあるのですが、たとえば心の病棟の子なんかはどちらかというと常に戦う絵とか、銃をもって撃ち殺す絵、刀をもって刺し殺す絵、暗い絵、乱暴な絵が多いんですね。で、戦火にあって家族をなくしたとか、非常に過酷な状況下にいる子供たちは非常に暗い色を使ったりとか、自分の悲しみを表現したりすることは非常に多いです。

 

――おそらく暗い絵を描くこと自体が子供たちにとっては大切な体験なんでしょうね。

 

やはりそういう苦しい体験も含めて、それを閉じ込めずに表現に出すことが、現実を受け止めるひとつのプロセスになっていると思うんですね。そこをきちんと経ないと何年か後にフラッシュバックする現象が起きると聞いています。

あるジャーナリストは「そういう状況で自分の心を表現することは野外で外科手術をするようなものだ」と言っていましたが、私はそうだとは思わないんです。やはり現実に向かう強さというものも子供も持っているべきだし、現に子供たちは私たちが思うより力強い。だからこそそうした経験を乗り越えて明日に希望を託すことができるんだと思います。

ーーいろんな絵をご覧になって、子供の絵が大人にもたらすものはどんなものがあると感じますか?

 

世界中で3000回を超える展覧会をしてきて、フランスのポンピドゥセンターやロシアのプーシキンミュージアムとかスイスとかさまざまなところでやってきましたが、子供の絵を見て涙を流している人を何人も目撃しました。

純粋無垢で自分の気持ちを託した子供の絵というのは、やっぱり人々に感動を与えるんだと思います。

展覧会をすると、「有名なアーティストの作品より、子供の絵に感動した」と言ってくれる人が少なからずいるんです。その純粋さとか作為のないものに人の心は動くんだと思います。

 

 

―ー長い間子供たちの描く絵を見てきて、時代の変化を感じますか?

 

どちらかというと昔の方が、非常に奔放で、自由な絵、面白い絵が多かった気がします。最近はテレビとかメディアの影響が多くて、キャラクターの模倣だとか、横にスマートフォンを置いて見ながら描いたり。自分で創り出す経験をしないことは残念だと思います。

 

 

国立新美術館での展覧会
国立新美術館での展覧会

ーー環境問題とか子供の貧困とか、子供にまつわるイシューが今もたくさんありますが、鳥居さんのなかで、いま子供たちをとりまく環境のなかで、これは着目したいとかどうにかしたいと感じていることはどんなことでしょうか?

 

日本では去年の子供の自殺が過去最多になったそうです。本当に悲しいことです。私自身も文部科学省が主催する、子供に夢を与える会の委員になっていましたが、こうした社会はどうにか変わっていかないと、と思っています。

私たち基金は子供の100の夢を叶えるプロジェクトの一環で「キッズトーク」というイベントを開催していて、子供が自分の夢を語ってみんなでそれを応援しようという内容です。その夢に到達するかしないかは関係なく、今の時点でどんな風になりたい、どんな自分になりたい、どんな職業につきたいとか、明確な目標を設定するのは、子供にとっての大きな助けになることだと思います。

ことあるごとに、出会った子供に「夢持ってる?」って聞くようにしてるんですが、ほとんどの子供が「ない」って答えます。非常にさみしいなって思っています。

周りに夢をもって明るく生きている大人のロールモデルが少ないからかもしれません。私たちが、ひとりでもふたりでも、子供たちに夢を与えられるような生き方をしていかなくてはいけないなと思っています。

子供が夢を語るキッズトーク
子供が夢を語るキッズトーク

――日本の子供は未来に展望が持てないと言われています。海外の子供はどうでしょう?

 

むしろ貧困や災害、紛争など困難な状況下にあった子供たちの方が、生命力のある目の輝きを見せる子供達が多いように感じます。

 

日本は、日本の社会が非常に閉塞的で、そういったムードがどうしてもメディアを通しても流れてきて、子供達にも悪い影響を与えているような気がします。

もっともっと明るく、素晴らしい、社会づくりを私たち大人も責任をもってしなくてはいけないのではないかと思います。

 

 

特定非営利法人 子供地球基金代表
鳥居晴美

1988年子供地球基金設立。ワークショップはこれまでで47か国で開催。3000回以上に及ぶ。子供地球基金は2018年、ノーベル平和賞にノミネートされた。

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