DATE 2017.01.31

絵本『ふゆ』が話題のスイス在住のアーティスト、こうのあおいインタビュー

葵・フーバー・河野さん、現在80歳。1960年代から、夫であるグラフィックデザイナーのマックス・フーバー氏のスタジオでイラストレーションの仕事に携わり、親交のあったブルーノ・ムナーリ氏のすすめもひとつのきっかけとなり絵本の制作も手がけることに。彼女の絵本『ふゆ』は日本ではアノニマ・スタジオより2012年に刊行されました。現在もイタリア国境に近い、南スイス・ノヴァッツァーノを拠点に精力的に活動を続ける葵さんに、自身のルーツや創作の秘密、そして子どもたちとアートの関係について話を伺いました。

インタビューは2回にわたりご紹介します。前編と合わせてご覧ください。
上/「タンティ・バンビーニ」シリーズから刊行されたもの。下/『大きな魚』と『ざくろの村』。

ご自身を絵本作家ではないと語る、葵さん。絵本を作ったひとつのきっかけとなったグラフィックデザイナーのブルーノ・ムナーリ氏とのお話を伺いました。

「最初に絵本を出したのはイタリアの絵本の専門出版社、エッメ社から。イエラ・マリの『あかいふうせん』を出していることで有名な出版社です。イエラ・マリの編集者から提案を受けて、彼女の絵本と同じ判型で『il grande pesce(大きな魚)』と『era inverno(ふゆ)』を出版しました。『あかいふうせん』はテキストのないすてきな絵本で、私も文章はそんなに必要じゃないと思っていた。だから、『ふゆ』はほとんど言葉のない絵本になっています。私が絵本の物語を考えるときには、まず、ビジュアルをイメージします。『ふゆ』なら、雪の上に残った猫の足跡がヒントになっています。ムナーリさんと作った『IL PAESE DEL MELONGRANO(ざくろの村)』は、シチリアの村でみたオレンジ畑がヒントになっています。そのままオレンジで絵にするよりも鮮やかなピンクのざくろにしたほうが面白いと思って描いたら、それをムナーリさんがいいねと言ってくれたんです。とにかく出版までの時間がなかったので、『Dai dai vola vola(おいで飛べ飛べ)』の時には、足りてない背景の壁をムナーリさんがさっと描きたしてくれたりしましたね」

70年代にはブルーノ・ムナーリが監修した知育絵本のシリーズ「タンティ・バンビーニ」に参加し、『Dai dai vola vola(おいで飛べ飛べ)』と『IL PAESE DEL MELOGTANO(ざくろの村)』の2冊の絵本を生み出しています。最近では、日本で初の書き下ろし絵本『あいであ』やロシア民話をもとにした、作曲家プロコフィエフの作品に挿画をつけた『ピーターとおおかみ』など、新しい作品も次々と出版しています。

『あいであ』と『ピーターとオオカミ』(共にアノニマ・スタジオ)。

「絵を描くときに大切にしているのは色ですね。組み合わせ方や色と色が重なったときのバランスが大事。重ねたときに、濁ってしまうような組み合わせはしません。『ピーターとオオカミ』なら、まず、オオカミの色を赤色にしようと決めて。そこから、じゃあ、こっちはブルーにしようとか指定をいれて、デザイナーの同僚にお願いしています」

葵さんが、色へのこだわりを持っていたのは幼いころからだそうです。

「私は、昔から色の記憶力はすごくいいの。小さいころから物がわりとよくみえていて。一緒にいた妹と、覚えていることがまるでちがうのよね。彼女が何か言葉や会話で覚えていることを物を通して覚えている感じね。あのときの、ある人の洋服のボタンがすごくきれいな色だったとか。そういうことの記憶が今もはっきりと残っているんです」

アトリエのデスクにはカラフルなパレットとかわいいイラストのアイデアが。

では、小さいころから絵を描くことが好きな少女だったのでしょうか?

「いいえ、まったく(笑)。私が子どもの時代は物がない時代。戦争の時代ですから、疎開先にはそういうものも持っていけないし。父が使っていた請求書の帳面の裏側かなにかに落書きを描いたりしていたけど、本当にそれくらいのものです」

物のない貧しい時代。でも、それぐらいがよかったのかもしれないと、今の子どもたちをみていて思うことがあると葵さんは話します。

「今の時代は、大人も子どもたちもたくさんの物や情報の中で暮らしているでしょう。私は今、南スイスで暮らしていますが、時々日本に帰ってくると、みなさんの反応にドキッとすることがあります。こちらの言葉に関心がないのか、遠慮をしてしまっているのか、無反応に感じるときがあるんです。たくさんの物で満たされすぎてしまうと、満たされていることさえもわからなくなってしまう。もっと素朴で本質的なものを大切にしてほしいですね」

子どもたちがアートやクリエイティブなものへの関心を高めるために、大人が過多な期待やおしつけをするのもよくないとひと言。

アトリエには北欧の器や積み木のおもちゃなど葵さんの世界を感じさせるものがたくさん。

「私は絵本を作るときに、子ども向けにわかりやすくしようとか、簡単にしようなんてまったく思わない。だって、子どもたちはとても感受性が強くて、頭がいいですから。大人なんかよりよっぽど、ちゃんとわかってくれています。だから、ほうっておくことがいちばんいい。ほうっておけば、自分で自分の才能を好きなように伸ばしていくんです。導いてあげることは大切ですが、おしつけがましく、これを読んでとか、こっちへ行ってなんて全部を与えてしまう必要はないと思います。私だってそうだった。幼いとき、父は従軍記者として中国に行っていたし、母も働いていたので、妹と2人ほっとかれっぱなし。でも、それが子どもたちだけの特別な時間を育んでくれたんだと思います」

葵さんがイタリアから持ってきた絵本や日本で買ったものも。
ソール・バスの絵本『アンリくん、パリへ行く』はサイン入り。マックスさんと葵さんの交友関係の広さが伺えます。

最後に、葵さんが好きなアーティスト、絵本作家について伺うと……。

「私は人の作品をたくさんみるほうです。すばらしい作品をみていると創作意欲が湧いてきます。自分らしいオリジナリティの再発見もできる。日本だと和田誠さん。和田さんは絵本もたくさん作られていますよね。あとは、ポール・ランドやソール・バス、レオ・レオニも大好き。もちろん、ムナーリさんの絵本もね。彼の『Nella notte buia』(『闇の夜に』)にサインをもらったことがあって、その時うちに猫がいた。ムナーリさんが“猫の名前は?”と聞くから“タマよ”と答えたら、サインに“タマへ”って入れてくれたんです。それは今も特別な宝物です」

〈こうのあおいの絵本〉

左から:『ふゆ』 作/こうのあおい アノニマ・スタジオ 本体1,500 円(税別) 『あいであ』 作/こうのあおい アノニマ・スタジオ 本体1,500 円(税別) 『ピーターとおおかみ』 作/セルゲイ・プロコフィエフ 絵・訳/こうのあおい アノニマ・スタジオ 本体1,800 円(税別)

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