学校の学びに興味がもてない子どもたちへ、絵本で伝えたかったこと【森岡督行×山口洋佑対談】
子どもたちに、世界は不思議に満ちていることを伝えたい
週替わりで一冊の本だけを売る書店、「森岡書店」の店主・森岡督行さん。書店運営の傍ら、昨年は著書『荒野の古本屋』を発売するなど執筆活動にも精力的に取り組んでいる。
そんな森岡さんが「絵本」を作ろうと思ったのは、今から10年前。現在15歳の長女が小学校に入学した時に、自身のある経験を思い出したからだ。
森岡「私は子どもの頃、学校での勉強にあまり面白みを感じることができませんでした。でも大人になってようやく、学校で学ぶことは世界で起こるあらゆる不思議についてで、それを面白がって探求した人の成果が本になっているんだと気づきました。でも、この本当は面白いはずの学びに、どうして学校にいくと興味を持てなくなってしまうんだろう?と不思議で。そこで『世界はこんなにも面白い不思議に溢れているんだよ』ということを伝える絵本があれば、子どもたちにもっと学校での勉強に興味を持ってもらえるのではと思ったんです。そんな想いで絵本作りをスタートしました」
その後、長女が通っていた絵画教室『atelier A』(アトリエ・エー)で、以前より知り合いだったイラストレーターの山口洋佑さんに絵本の話をしたことがキッカケで、このプロジェクトは本格的に始動する。
山口「森岡さんから絵本の話を聞いた時、『僕も全く同じ気持ちだった』と思い出したんです。今でこそ宇宙とか民俗学に興味を持つようになりましたが、当時、学校での勉強は全然面白くなかったから(笑)。僕自身は諸星大二郎さんが好きで、
コロナをキッカケに加わった、もう一つの想い
学校での学びに対して共に苦い経験を持ち、伝えたい想いが合致した2人。そこから早い段階で山口さんがイメージイラストを描き、出版関係者に見せるも、出版に至るにはさまざまなハードルがあり企画は数年間行き詰まってしまう。そこからプロジェクトが大きく進んだのは、2020年の2月のこと。以前より企画に興味を持ち、元々山口さんの絵に興味を持っていたという「あかね書房」の絵本担当者から「出版できるかも」という回答をもらえたのだ。さらにその後発令された緊急事態宣言期間が、森岡さんと山口さんにとって制作の追い風になったと振り返る。
森岡「緊急事態宣言で書店が閉まり、企画やイベント、出張もなくなりました。家にいる時間が多くなり、空いた時間を利用して絵本制作に集中することができたんです。さらにコロナをキッカケに、実はストーリーも大きく変わっていきました。
その頃ニュースで、コロナウイルスが流行した背景に『地球環境が破壊されたことが関連しているのではないか?』という説があると知りました。気候変動や環境破壊はいま社会的にも関心の高いトピックですが、私自身も、地球環境を守るために行動することが大切だと感じていました。そこで物語を、子どもたちの『世界に対する好奇心』をかきたてる内容にするだけでなく、気候変動や環境破壊への問題提起を含んだ内容に組み換えていったんです」
山口「この軌道修正で、ストーリーが格段に良くなったんですよね。僕もそれを受けて『イラストを描きたい!』という気持ちがより強くなりました」
ライオンをキャラクターに選んだ理由
『ライオンごうのたび』は、ライオンの形をした乗り物に乗って宇宙や海・空を飛び回り、絶滅してしまったライオンがどのような動物だったのか、辿っていく冒険物語だ。ライオンごうが訪れるのは、火星や海底といった未知の世界から、NYやエジプトといった観光名所まで、子どもたちが行ってみたい!と思うようなワクワクする魅力的な場所ばかり。山口さんの味わい深い独特なタッチで描かれた美しいスポットを眺めているだけで、「この場所は実際どんな場所なんだろう?」と自然と好奇心や想像力が掻き立てられていく。
森岡「子どもたちの憧れの存在であるライオンは、百獣の王であり、人間を除いた食物連鎖の頂点にいる動物ですが、いま絶滅危惧種に指定されています。そんな事態に陥ってしまっている切実さを伝えたいと思い、キャラクターに選びました。
旅のスポットは、地名にライオンがついている場所や、ライオンが以前に住みついていた場所、実際に私が訪れて印象に残っている場所などを選んでいます。エジプトのスフィンクスにフランスのショーヴェ洞窟、ニューヨークなど、子どもたちにいつか絵本を片手に訪れてもらえたら嬉しいですね」
山口「イラストを描く上では、何かを狙って“やってあげている”気持ちで描くと、子どもに見透かされると思って。僕自身が描く対象物からグッとくるものを見つけ出さないと、子どもたちにも響かないだろうなと思い、自分の感情を乗せて全力で描きました。例えばNYの摩天楼やキリマンジャロの夕焼けのシーンがそうですが、『夕焼け』は僕自身も心動かされる景色です。その揺れ動いた強い想いが、絵を通して子どもにも伝わったら嬉しいです」
森岡「ちなみにキリマンジャロは、ライオンがいなくなったサバンナを意識しています。文章ではキリマンジェロのことを『ゆきのやま』と書いているんですけど、キリマンジャロは実は気候変動の影響で雪がないんですよね。山口さんにはそれを伝えていなかったんですけど、上がってきた絵はちゃんと雪がなかったのでホッとしました(笑)。エシカル活動をしている末吉里香さんが、雪のないキリマンジャロを見てエシカルの活動を始めたという話が印象に残っていて、物語にキリマンジャロを盛り込みました」
「知ることは面白い」その感覚を知って欲しい
絵本を読みながら、読者はライオンごうの乗客となり、知らない場所や世界の不思議に出会っていく。そしてその出会いが今後、興味を持って「調べる」アクションに繋がることを森岡さんは願っている。
森岡「物語の中では、気候変動によって地球が住みにくくなり火星に移住する場面もあります。全体的に楽しそうな旅行ではあるけれど、背後には重たい現実がある。自然とそれに気づいてもらえたら嬉しいです。絵本は対象年齢が決められていますが、これは何歳で読んでもいい。小学生が読みながら地名を調べたり、大人にも一緒に社会について関心を持ってもらいたいです。興味を持って調べて、知る。『知ることは面白い』ということを分かち合えたらと思っています。この本を読んだ子が、何を感じどんな風に成長していくか楽しみです」
山口「この絵本って本当に不思議なストーリーなんです。内容が分からない子もいるかもしれないけれど、その『違和感』が大事だと思っていて。違和感って後々残って、その人の人生の核になることがあります。僕は『銀河鉄道の夜』というアニメが好きなんですが、子どもの頃は、暗い感じがしてそんなに好きじゃなかった。でも、大人になってあの暗さにすごく惹かれていたんだと気づき、今ではそれが自分のコアになっています。同じようにこの絵本を読んだ子たちに何かいい意味で違和感が残って、その子の中で色々な化学反応が起こると嬉しいです」