子どもが使う食器にも安心。本格金継ぎで、割れてしまった器を再生【谷尻直子の漆金継ぎ体験記:後編】
日本の伝統的な方法で、簡単に、体に害なく、経済的に修理
谷尻:それでは、実際の金継ぎ作業を教えていただきたいと思います。今日は気に入って使っていたけれど割れてしまった器を自宅からいくつか持ってきてみました。
堀:体験の前にまずご説明なのですが、僕が教えている金継ぎでは、基本的に「日本の伝統的な方法で修理する」「最小5工程で行う」「体に害のないやり方で行う」そして「経済的な方法で行う」という4本柱を大切にしています。
谷尻:なるほど。日本の伝統的な方法というのは魅力ですが、「経済的な方法」というのもいいですね。
堀:いかに安く金継ぎができるかは僕のモットーでもあります。金粉は今とても高いので、昔ほど気軽に使えないんです。僕が28年くらい前に金継ぎを始めた頃は1g3000円程度でしたが、今は4〜5倍くらい。ですから、金粉の代わりに銀粉や真鍮粉、錫粉なども使います。もともと漆は茶色い紅茶のような色ですから、それだけだと美しくない。それで金属粉を蒔くのですが、黒色の呂色漆や赤色の弁柄漆だけで仕上げることもできます。
100円ショップの便利な道具も活用
谷尻:なるほど、器によってはそれもいいですね。
堀:そうなんです。では、まずは割れた器の下処理をしましょう。最初に、割れた部分の断面のエッジ部分だけを削っていきます。耐水サンドペーパーやダイヤモンドヤスリというものでもいいのですが、100円ショップで売っているミニルーターを使うと便利。ヒビが入っている部分も削っておきましょう。また割れたパーツをくっつけるために、10枚くらい、マスキングテープを適当な長さに切って用意しておきます。
谷尻:できたら次はどうしたらいいですか?
堀:まず、ゴム手袋を必ずしてください。漆はかぶれる体質の人とそうでない人がいるようですが、かぶれると大変です。僕はあまりかぶれないタイプなので手袋はしませんが、絶対にした方がいいと思います。万一かぶれたら皮膚科に行くのが一番。手袋をしたら、最初に生漆を断面に塗ってしまってください。これは接着剤の漆が染み込むのを防ぐために事前に塗っておく、化粧水のようなものです
谷尻:化粧水と言われるとよくわかります。生漆って意外にサラサラしているんですね。もっと粘度があると思っていました。
堀:ウスターソースくらいな感じですね。はみ出した部分は灯油で拭いておきましょう。漆が手についたり、筆を掃除したりする時には菜種油がいいのですが、漆が乾かなくなってしまうので、それ以外の部分には灯油を使います。普通はこのあと一晩置いて乾かすか、120℃で2時間電気炉に入れ、「焼付け」と呼ばれる強制乾燥をするのですが、教室では省略しています。これが終わったら、強力粉に水を加えてヘラでよく練り、小麦糊を作ります。その後、小麦糊と生漆を1対2で混ぜて粘りが出るまで練ります。
漆の作業はスピーディーに。接着したらマスキングテープでしっかり固定
谷尻:漆の色の変化も面白いですね。最初は黄土色だったのに、練っていくうちに艶めいてきました。練り具合はどのくらいにすればいいでしょうか。ポイントはありますか?
堀: 10cmくらい糸を引いて伸びるのがベストです。これを“麦漆”といいます。ポイントはダマができないようにすること。これでパーツをくっつけます。パンにジャムを塗るように、断面に漆を塗ってくださいね。厚く塗りすぎると、ぶにゅっとはみ出して器を汚してしまうので注意。この時のコツはスピーディーにやること。時間をかけてペタペタやっていると汚れてしまいます。汚れたら早い段階で、灯油で拭き取っておきましょう。本当は両面に塗って、少し置いて乾かしてからくっつけたほうがいいと言われますが、僕の教室では片方にしっかり塗って、すぐにくっつけてしまいます。くっつけたらすぐにマスキングテープで固定。また、ヒビの部分には、麦漆にテレピン油を少しだけ混ぜてお醤油くらいの硬さになるまで混ぜたものを塗ります。
谷尻:お醤油とかジャムとか、調味料を例えに使って表現してくださるので、イメージが掴みやすいです! ヒビの部分にはどうやって塗ればいいですか?
堀:グッと開いて染み込ませるように塗ってください。テレピン油は揮発するので漆だけが残ります。この時におすすめなのが、100円ショップで売っているネイルアート用の筆。染み込んだらはみ出したものを拭き取ってからギューッと全力で押してくっつけ、マスキングテープで固定します。テープをはったら、一応初日の作業はここまで。欠けの修復は次回以降にやります。湿度を保った箱に入れて1週間乾かしてください。この箱は“漆風呂”といいます。
接着後は湿度・温度を保った“漆風呂”に入れて1週間〜10日放置
谷尻:堀先生の教室ではバンカーズボックスを使っていらっしゃるんですね。中には何を入れて湿度を保てばいいですか? 加湿器や暖房も必要?
堀:箱は段ボールでも何でもいいんですが、蓋がついているものがいいですね。下にベニヤ板などを敷いて、その上に器を並べます。中に入れておくのは新聞紙を濡らしたものでもタオルでもいいですし、僕は湿らせたスポンジクロスを入れていますね。新聞紙やタオルは乾くので、時々霧吹きをしておきます。1週間待っても固まっていない時は、部屋を暖めたり、加湿器をつけたりするといいですね。
谷尻:さて、今日は別の器を使って、続きの作業についても教えていただけるとのこと。先生のところにある、接着が済んだ器をお借りします。
堀:くっついたら、まずは麦漆がはみ出した部分を削ります。ペンカッターが便利ですが、彫刻刀などでも。曲線の部分には両刃カミソリの片側に厚紙や板などを巻いたものが使いやすいですね。汚れた部分はメラミンスポンジでこすると取れます。
谷尻:ナイフでカリカリ削る作業は楽しいです! あと、私もレモンやライムを擦る時に使いますが、メラミンスポンジ、すごいですね。
堀:そうなんですよ。でも、汚れたらすぐ灯油で拭いておくほうが楽です。削る作業が済んだら、隙間や欠けをチェック。ギュッとくっつけたつもりでも隙間ができることはあり得るので、ここでしっかり埋めておきます。この時に使うのが“錆漆”というパテ。砥の粉と呼ばれる細かい粘土質の土と、生漆とを水で練って、砥の粉1に対して6割くらいの生漆を混ぜ、マヨネーズくらいの硬さにします。
谷尻:錆漆はマヨネーズなんですね。
堀:そうです(笑)。これをヒビの部分に擦り込むように塗ります。この時もはみ出しは拭き取ってください。また、錆漆は乾くのが早いので、3分に1回はヘラでひっくり返すようにするのがコツです。ちなみに今回はやりませんが、欠けの修復に使うのは麦漆と木粉を1対2で混ぜ合わせて粘土状にした“刻苧漆”。これをヘラで少しずつ盛り付け、形を整えます。刻苧漆は最初の麦漆と同じく1週間から10日ほど硬化させて、そのあとでやはりはみ出し部分を削り、そのあと耐水サンドペーパーを濡らしたもので、表面が平らになるまで整えておきます。
慎重に漆の線を引いていく“中塗り”の工程
谷尻:さて、1日おいたら次はどうしましょうか?
堀:中塗りという第3工程に進みます。黒呂色漆という黒い漆を塗るのですが、この作業にはトールペイント用の筆が向いています。ヒビの上などはなるべく細く塗りたいので。面積が広い場合は平筆を使ったりもしますね。あ、谷尻さんものすごくお上手ですね!
谷尻:ありがとうございます。私、絵を描くのが大好きなんです。すべての作業が楽しいです!
堀:よかったです。本当に綺麗にできましたね。これを1回塗るごとにひと晩硬化させることを2回繰り返したら、最後の金粉を蒔く段階に進みます。蒔くというのは金粉を振りかけること。本当は3回やるといいんですが、教室では短縮しています。最後に塗るのは、金粉や真鍮粉を蒔く場合は弁柄漆という、鉄の赤錆色の漆です。
谷尻:金粉や真鍮粉の場合、弁柄漆を使うのはなぜですか?
堀:発色が良くなるからというのが理由です。黒だと金色が沈んでしまうんですね。2回目の硬化を終えて漆風呂から出してきたら、まずは漆を塗った部分だけ、丸めた耐水サンドペーパーを丸めたものか、ホームセンターなどで売っている棒状のクリスタル砥石などで軽くやすって凸凹を整えます。その上に弁柄漆を塗って、ある程度乾いたら粉を蒔きます。漆の塗りが厚いと粉が積層してザラっとした仕上がりになり、あまり光らないので、漆はとにかく薄く塗るのがコツです。もともと漆はドロッとしたものなので、難しいんですけどね。
ポイントは漆の渇き具合。毛棒にたっぷり金属粉を含ませて蒔く
谷尻:乾いていない状態で粉をのせると、粉が沈んでしまって、たくさんのってしまいますものね。でも、どのくらい乾くまで待てばいいんでしょう? 乾きすぎたら粉がのりませんよね。
堀:その境目を見極めるのはなかなか難しいのですが、夏場は15分くらい、冬場は25〜30分くらい乾かせばほぼ大丈夫。ちょうどいい具合に乾いたら、毛棒という金粉払用筆で、粉を漆の中に掃き入れていきます。筒に粉を入れて蒔く方法もありますが、毛棒の方が簡単です。今回は真鍮粉を使いますね。たっぷり筆に含ませるのがコツです。
谷尻:わかりました。これ、漆につかないようにするのが難しいですね。
堀:毛棒に漆がつくと線を掻き壊してしまいますから、気をつけてくださいね。でも谷尻さんはたっぷりつけるのが上手ですね! みんな緊張してちょっとしかつけないんですが、たっぷりつけた方がうまくのってくれます。蒔き方もだんだんリズミカルになってきましたね。
谷尻:ありがとうございます。大体これで、全体に蒔けたかなと思います。
堀:いいですね。綺麗に蒔けたら、いらない真鍮粉を拭き取ります。金粉の場合はもったいないので集めますが、真鍮の場合はそこまで高くないので、拭き取ってしまったほうが楽です。その後、1〜2日しっかりと乾かしてから、蒔いた部分だけメノウ棒で磨きます。昔の人は “鯛牙(たいき)”で磨いていましたし、今も使われています。鯛の歯のことです。犬の歯で磨いている人もいます。
谷尻:色んなやり方があるんだなあ。すごいですね。でも面白いくらい光ってきますね。全然違う!
堀:はい、美しく仕上がりましたね! これで作業は終わりです。
金継ぎ体験を終えて
谷尻:ありがとうございました! 今回教えていただいて、「これだけをやる」という時間を持つことがいかに貴重かを学びました。すべての工程が新鮮でしたね。道具や素材に触れているだけでも、子どもの頃のお絵描きの喜びが蘇ってきて、純粋に楽しかったです。でも、漆のテクスチャーの判断などは、先生がいなかったらすごく悩むところだと思いました。場数は必要ですね。あと、先生の工房では素材や道具を揃えてくださっているのでやりやすい。仕事する環境が整っているかどうかで、クオリティに差が出るなと思いました。ちゃんと準備せずに家でやったら、そこら中が漆だらけになってしまって悲惨なことになりそうです。
堀:でも、谷尻さんは本当に上手だし、仕事が綺麗。普通は筆がぶれたりしますし、手袋に漆がついてしまって、器や作業している台を汚しちゃう人も多いんです。僕も手袋をしていたら、別人みたいに下手くそですよ(笑)
谷尻:そんなことないと思いますけど、褒めていただいてうれしいです。では、今日漆風呂に入れた器は、来月続きをやりに来ますね。今日はありがとうございました!
*連載「谷尻家のNEW STANDARD通信」は、今回で最終回となります。多くの方に応援いただきありがとうございました。
堀道広/漫画家・漆職人
1975年富山県生まれ。国立高岡短期大学(現・富山大学芸術文化学部)漆工芸専攻卒業、石川県立輪島漆芸技術研修所卒業。文化財修復会社を経て、漆屋で職人として働きながら2003年に漫画家デビュー。以降、漆と漫画の両分野で活動を展開。著書に『おうちでできるおおらか金継ぎ』(実業之日本社) 、『うるしと漫画とワタシ -そのホリゾンタルな仕事-』(駒草出版)、『青春うるはし うるし部』(青林工藝舎)など。金継ぎのワークショップ「金継ぎ部」主宰。http://kintsugibu.com/