映画『スパイダーマン:スパイダーバース』 CGアニメーター若杉遼さんインタビュー「知らない世界を知ることが成長につながる」
子どもたちにも人気の映画『スパイダーマン』シリーズから最新作『スパイダーマン:スパイダーバース』が公開される。シリーズ初のアニメーション映画となる今作は、手描きとCGとを組み合わせた斬新なアニメーション技術、多様性や主人公の成長を盛り込んだストーリーなど、革新的かつアート性が高い映画として話題を集めている。今年のゴールデン・グローブ賞ではアニメ作品賞を受賞、アカデミー賞長編アニメーション賞にもノミネートされている。
今作にCGアニメーターとして参加しているのが若杉遼さん。海外では人気の職業であるCGアニメーターになったきっかけ、アニメーション制作の苦労や楽しみ、子ども時代のパーソナルな思い出について話を聞いた。ハリウッドで活躍するCGアニメーターは、どんなふうに育まれたのだろう。
『スパイダーマン』の始まりは1962年。マーベル・コミックのスーパーヒーローとして誕生したスパイダーマンは、漫画や小説、映画、ドラマになり、世界中のファンを魅了してきた。映画初のアニメーション作となる今作は、未熟な高校生マイルスがスパイダーマンとしての使命を受け、悩みながら成長する姿を描いている。
「歴史あるアメコミのアニメーションということで、最初は不安もありました。アニメといえば海外では子供向けのものが多い中、この作品はリアリスティックで今までにないスタイルだったので、それをどう表現して作っていくかが課題でしたね」
CGアニメーターには、キャラクターアニメーターとエフェクトアニメーターの2種類があり、若杉さんが担当するのはキャラクター。キャラクターに表情やアクションをつけて演技させるなど、ストーリーにも影響を与える重要な部分だ。
「カットごとに割り振られるので、一つのキャラクターに限らず、色々なキャラクターを描きます。アイデアを出す時は、手で描いたラフスケッチのようなもので説明します(写真下)。これを元にどういう表情や動きをつけるか考えます」
劇中では、主人公であるマイルスの心の揺らぎが丁寧に描かれている。別次元のスパイダーマンが時空を超えて集まる設定も面白く、それぞれが悩みや問題を抱えている点も人間的で共感する部分だ。
「今までのアニメーションではこれほどリアルで、繊細な感情表現をすることはありませんでした。監督に作ったアニメーションを見せたのですが、リアルさを追求してやったつもりが『大げさすぎる』と言われてしまって。今までやってこなかった挑戦的な部分も多く、自分の中の新しい扉を開いた達成感がありました。
僕はコメディが好きで、手がけた作品もコメディが多かった。正直、作品を観て『かっこいい!』と思うこともなかったんです。でも今回、初めてかっこいいと思いました。それをきっかけに、シリアスやかっこいいスタイルのアニメーションも楽しいと気づきました。知らない世界を見ることは、仕事をしていく上での成長にもつながってくる。CGアニメーターに限らず、仕事や人生の面白さはそこにあると思います」
『スパイダーマン:スパイダーバース』は、スタイリッシュなアニメーションと迫力のアクション、唯一無二のストーリーに人間ドラマと、見どころが満載。子どもだけではなく大人にも観て欲しい作品だ。
「完成した作品を観たら、アトラクションに乗っているような感じでした。息つく暇なくずっと楽しくて、気づいたら終わっていた(笑)。コミックから飛び出してきたような世界観はアメコミを読んでいるような気分になるし、アニメーションの世界を楽しむ場面もある。シーンごとに色々な楽しみがあります。一人の映画ファンとしても満足できる素晴らしい映画に仕上がっていると思います。
正直、1回観ただけじゃ物足りないと思いましたね(笑)。観るたびに新しい発見があるんです。ディズニーやピクサーのアニメーター仲間も2回、3回と観に行った人が多いんですよ。ぜひ親子でも観て欲しいですね」
現在31歳の若杉さんがCGアニメーターを志したのは大学生の頃。昔から映画が好きで、ぼんやりと「映画の仕事がしたい」「ハリウッドで仕事がしたい」という思いがあったと言う。
「もともとアニメが好き、絵を描くのが好きと言うわけではありませんでした。大学に入って将来を考えた時、ハリウッドで働くためにはどんな仕事があるか調べました。そこでCGアニメーションの仕事を知りました。興味を持ってからは、大学在学中に独学で勉強を始めました。海外のアニメーターが使っているソフトの学生版を買って、教科書を用意して。それがスタートでしたね」
映画好きになったのは父親の影響も大きい。小さい頃は、よく映画館に連れて行ってもらったそうだ。
「一番影響を受けたのが『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』ですね。父親がパンフレットだけを持って帰ってきて、夏休み中、そのパンフレットを何度も見て、『どんな映画なんだろう』とワクワクしたのを覚えています。
母親は、『スポーツをさせたい』という思いがあったようで、僕自身はずっとスポーツをやっていましたね。一番長いのが野球で、小学校のソフトボールから高校まで。他にも1歳から水泳、小3から小6までは剣道、サッカーもやったり。海外で働いていると、精神論じゃないけど1人でも頑張ろうという底力が必要になってくる。野球部時代が厳しかったので、『あのコーチに比べたら、今の方がずっと楽だ』と思うこともありました(笑)。昔からスポーツをやっていたおかげで、土壇場の精神力は鍛えられた気がします」
幼少期から続けたスポーツや好きなことを楽しむ時間。その経験から、自発的に動くこと、やりたいことを見つけることが習慣づけができ、CGアニメーターの仕事にも出合えた。
「母親から『勉強しろ』とは言われたことがないんです。『勉強しろ』と言われると、『これさえやっておけば安心』と思ってしまう。そう言われなかったから、やりたいことを自然に見つけていく習慣が身についたとも言えます。
CGアニメーターになるには、どんな勉強をしたらいいか、海外ではどんな立ち位置の仕事なのか、どんな人が活躍しているのか。まずは自分で調べました。自発力を養って欲しいという思いが両親にあったかはわかりませんが、そうしてもらえたことが今となってはありがたいですね」
若杉さんは日本の大学卒業後、アメリカのアートスクールに入学。選考の倍率が100倍以上というピクサー・アニメーションスタジオに入社し、現在はソニー・ピクチャーズ アニメーションで様々な作品を手がけている。世界を舞台に活躍する若杉さんから、子供たちへ贈るメッセージをもらった。
「『これが好きだ!』とはっきり言える子が増えるといいですね。最近、『自分が何をやりたいのか分からない』というのをよく聞くんです。選択肢が狭まっているのもあるだろうけど、小さい頃から興味のあることに触れてきていないのもある。『これに興味があるけど塾があるから』『学校が忙しいから』と、やる気を摘んでしまっているかもしれない。
学びは大切だけど、興味のあることに見て触れることも重要です。経験することでさらに興味の幅が広がり、選択肢も増える。そうすることで中学生や高校生、大人になっても『何をやりたいの?』と聞かれた時に、はっきり言える人になれると思うんです。将来自分にも子どもができたら、そういうふうに育ててあげたいですね」。