DATE 2020.03.06

映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』。翻訳家、谷口由美子さんインタビュー「生き方は、みんな違っていい」。

『若草物語I&II』(講談社)
作:ルイザ・メイ・オルコット 訳:谷口 由美子 定価:本体1,900円(税抜)

本日3月6日が命日となる、ルイザ・メイ・オルコットの代表作『若草物語』。オルコット自身の姉妹や家族をモデルに描かれた四姉妹の物語は、そのタイトルを知らない人はいないほど世界中で愛されています。この名作を、気鋭の女性監督グレタ・ガーウィグが映画化した『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が公開されます。

公開を記念して、原書である『若草物語』の翻訳を担当した谷口由美子さんにインタビュー。『若草物語』の魅力やオルコットが伝える普遍的なメッセージ、Fasu読者におすすめの翻訳本を教えてもらいました。四姉妹の次女ジョーのように革新的で、強い探究心を持って歩んできた谷口さんの生き様にも注目です。

根底に流れている“女性の生き方”が胸を打つ。だから愛され続ける。

—まずは、映画をご覧になった感想を教えてください。

 

オルコットがジョーに乗り移っているように感じたくらい、リアリティに溢れたストーリーが印象的でした。見た人それぞれが、四姉妹のメグ、ジョー、ベス、エイミーの誰かに投影するようになっていて、主人公が、ひとりでないと感じるのも良かったです。ガーウィグ監督は、脚本家であり女優でもありますから、ジョーに自分自分を投影していたのではないでしょうか。150年も前の女性像なのに、今を生きる私たちにも通じるのは、とても新鮮で面白いですよね。

—翻訳家の谷口さんが感じる、『若草物語』の魅力は何でしょうか。

 

ガーウィグも含め、小さい頃に『若草物語』を読んでいる人も多いと思いますが、大人になって読み直すと、「こんなに内容が深かったのか」「ストーリーが入り組んでいて、びっくりした」とよく聞きます。『若草物語』は、読み込めば読み込むほど味が出てきます。それは、四姉妹がオルコットの実の姉妹をモデルにして書かれているため、とてもリアルに表現されているからです。単なるフィクションでない事実であることが、この物語の力になっています。

 

—女性の結婚観は、150年前と今では大きく違っています。とはいえ、女性が抱える悩みは、今も昔も変わらないのが興味深かったです。

 

ジョーの考え方が、今の女性と変わらないんですよね。結婚しようか、文筆業として生きて行くか、悩むシーンがあります。152年前はビクトリア朝時代の考え方が強く、女性は結婚することが一番、それが最高の幸せと考えられていました。男性も親もそう思っていましたから、「とにかく結婚相手を見つけなきゃ!」ときゅうきゅうしてしまう。結婚が女性にとっての唯一のゴールのように思えます。しかし、20歳で結婚してゴールに到達しても、「その後どうするの?」と疑問符が出る。オルコットは、それをしっかり描いています。現代でも同じことが言えますよね。底辺に流れているのが“女性の生き方”であるからこそ、胸を打つのだと思います。だから『若草物語』は、ずっと読み続けられているんだと思います。

子どもの頃から読書好き。『赤毛のアン』の村岡花子さんとの出会い。

—子どもたちには、『若草物語』のどんな部分を楽しんで欲しいですか。

 

スケートをしていて湖に落ちたり、ジョーが原稿を焼かれてしまったり。四姉妹のエピソードの楽しさ、面白さが素晴らしいので、そこを楽しんで欲しいですね。大人になっても、面白いエピソードはいつまでも心に残ります。楽しいシーンは、訳す時も楽しいんですよ。映画には描かれていませんでしたが、ローリーがキャンプでなぞなぞの当てっこをしたり、作り話ごっこをしたりするシーンも好きです。訳にも、楽しいエピソードをたくさん入れています。

—谷口さん自身は『若草物語』の誰に憧れましたか。

 

やはりジョーですね。私自身も、女性の結婚が唯一のゴールではないと思っていましたし、今でもそう思っています。『大草原の小さな家』の作者ローラ・インガルス・ワイルダーも全く同じことを言っていて、ローラはアルマンゾという夫を持ちますが、オルコットは生涯独身でした。結婚はゴールではなくて、その後に素晴らしい豊かな人生がある。それを2人は知っていて、一番に伝えたいというのが共通しています。ジョーの生き方が、それを体現していますよね。オルコット自身は、人生で何度もロマンスを経験していますが「筆一本で生きたい」と独身を貫きます。オルコットとジョーは生き方がそっくりですが、途中から違うんですね。でも違っていいんです、作者とフィクションのヒロインですから。そんなふうに違いを知ることで、より物語が楽しめます。

—翻訳家としての谷口さんについてお聞きしたいのですが、翻訳家になろうと思ったきっかけは何ですか?

 

子どもの頃から読書が大好きで、学校の図書館でたくさんの本を読みました。そこで出会った、村岡花子さんがきっかけです。村岡さんが訳した『赤毛のアン』(モンゴメリ)が大好きで、すごく読み込んでいました。

 

『大草原の小さな家』(ローラ・インガルス・ワイルダー)も好きだったのですが、それを読んだ時に、主人公のローラは多分作家本人で、ローラは(登場人物の)アルマンゾと結婚するだろうと思いました。小学校5,6年の頃です。続きが読みたかったのですが、当時はまだ翻訳書が少なく、続きが読みたいとずっと思いながら大人になりました。そして大学4年の時にアメリカ留学した先が、大草原のど真ん中の大学だったんです。『大草原の小さな家』の舞台となった場所にも行きました。とてもラッキーでしたね。作品のイメージを肌で感じることができて、それをきっかけに本について調べたり、自分で訳すようになりました。

 

『赤毛のアン』の舞台であるプリンス・エドワード島にも行きました。モンゴメリの生家があり、そこで『青い城』の原書を買ったんです。当時はまだ翻訳の仕事も何も分からず、ただ「訳したい」と思って1人で全部訳したんです。暇で時間もあったし、訳している人が他にいなかったのもありますね。

誰かが一度訳したものはつまらない。誰も訳していない、面白い本を見つける

—とても行動的ですね。訳された『青い城』は、その後どうなったのでしょう?

 

ある出版社に持ち込んだら、「29歳のオールドメイド(未婚者)が主人公の話なんて良くない」と。「19歳の未婚女性ならいい」と言うので、そのまま持ち帰りました(笑)。その後、(『赤毛のアン』の)モンゴメリ全集を出すという篠崎書林に持ち込んだら、出版が決まりました。

 

私は、人がやっていない面白いものを探すのが得意だったのかもしれません。誰かが一度訳したものをやるのはつまらない。原稿は、一度書けば腐らないし、データとして残せるので、無駄にはならないんです。1社断られても、面白いと思ってくれる人が必ず他にいるんです。今もしどこかに持ち込んでダメでも、5年後に持っていくと「OK」をもらえる場合もよくある話です。

—翻訳の仕事は、依頼を受けて執筆すると思っていたので、とても驚きました。

 

もちろん依頼を受けてやる仕事もありますが、(仕事の合間に)意外と時間が少しずつあるんですよね。自分の好きな作品で、誰も訳していない300ページの本があれば、1日1ページずつ訳すと1年弱で全部訳せるんです。その後、間違いがないかチェックに1年かけて、丸2年をかけて完成します。そこでやっと、受け入れてくれそうな出版社に持って行く。原書が有名なら、訳する人が無名でも関係ないんです。原作の意図をしっかり伝えてあって、本当に面白ければ、誰だって構わないんですから。大学の講義でもこの話はよくしました。と言いつつも、全部無駄になることもあるんですけどね(笑)。

 

—最後に、Fasu読者へメッセージをお願いします。

 

『若草物語』では、親は四姉妹に対して、絶対に自分の意見を押し付けません。それぞれの個性や意志を尊重することを大切にしています。母親が子どもに対等に接しているのもいいですよね。あの時代、それは周りから理解されなかったでしょう。厳しい状況にも関わらず、それがしっかりできているのが立派だと思います。ぜひ『若草物語』を映画で、本で楽しんで、込められた普遍的なメッセージや自由な“女性の生き方”を感じて欲しいと思います。

Fasu読者におすすめしたい、谷口さんが手がけた翻訳本をご紹介!

【〜for mama〜】

『青い城』(モンゴメリ)

先に紹介しましたが、この原書をモンゴメリの生家で購入したのをきっかけに、自分で訳した本です。大人のためのロマンス小説です。四部作で、他に『もつれた蜘蛛の巣』『銀と森のパット』『パットの夢』があります。この話がミュージカルになったらいいなと思っています。

 

【〜for kids〜】

『長い冬』(ローラ・インガルス・ワイルダー)

「ローラ物語」のシリーズ全10作の6作目。私は6〜10作の翻訳をしています。その中でも一番の傑作と言われるのがこちらです。イラストを、絵本『しろいうさぎとくろいうさぎ』のガース・ウイリアムズが手がけています。モノクロの鉛筆画がとても素晴らしいので、イラストにも注目してみてください。

 

今回、谷口由美子さんが翻訳を手掛けられた『青い城』と『長い冬』のサイン本を、Fasu会員の中から抽選で各1名様にプレゼント!ぜひご応募ください。

谷口由美子

翻訳家。山梨県生まれ、上智大学外国語学部英語学科卒業。訳書は『長い冬』(岩波書店)などローラ物語シリーズ5冊、『青い城』(KADOKAWA)など120冊以上。近年は『大草原のローラ物語―パイオニア・ガール』(大修館書店)、『若草物語1&2』(講談社)の訳を手がける。音楽グループ「大草原の風トリオ」のメンバーとして朗読を担当し、演奏会なども行なっている

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