家庭料理をアップデートして提案。“現代のおふくろ料理”50品に込めたこと
2冊めで伝えたかったこと
初の著書ながら、2019年の代官山蔦屋書店の料理書売上1位になるなど、大好評を博した『HITOTEMAのひとてま』から2年。谷尻直子さんが今年6月に2冊目の著書となる『HITOTEMAのひとてま 第2幕』を上梓した。
レストランでも評判のメニューが50品掲載され、さらに器のことや料理の基本など、HITOTEMAの世界観を凝縮したような内容となっている。
前のように外食ができない今、家庭での食体験を豊かなものにするためのヒントがたくさん詰まった本書。どのような思いを込めて制作をしたのか、谷尻さん自身に話を聞いた。
――初めての著書『HITOTEMAのひとてま』から2年経ちましたが、その間にどんな変化がありましたか?
谷尻 今回の『HITOTEMAのひとてま 第2幕』の出版が決まったのが昨年の6月くらい。新型コロナウィルスでステイホームだったときです。あの時、みんなが自炊にシフトしなきゃいけなくなって、辛かったですよね。私自身、いくら料理を仕事にしていても、毎日「〜ねばならない」だとやっぱり辛かった。一方で、“免疫力”といったことも気にする人も増えて、いかに自分で防御できるかということへの意識も高まっていた頃でした。ステイホームの時に自分が考えたこと、工夫したことも含めて、私ができることを伝えたいという気持ちが加速した感じでした。
ーーそうした思いを象徴しているような料理やページはありますか?
谷尻 ヴィーガンのところでしょうかね。今回は「V マーク」つまりヴィーガンのVをつけていて、それは私なりのメッセージです。
去年のステイホームの時、自分のことも大変だけど、一方で周囲や社会、地球のことも考えさせられた方は多かったと思うんですが、私もその一人で。その中で、周りにならってHITOTEMAでもテイクアウトを始めて、それをヴィーガン弁当にしたんです。なぜかと言うと、ポールマッカートニーのミートフリーマンデーみたいな感覚で、週一のヴィーガンを楽しいものにしてもらいたいという狙いだったんです。体にもよくて、自炊からも解放される、楽しい日を過ごしてもらいたいな、という思いで。
あと、あの時はスーパーマーケットにもなかなか行けなくなりましたよね。そこで乾物が大活躍したんです。大豆、車麩、高野豆腐といった昔ながらの乾物が本当に便利で。保存が効いて、栄養があって、美味しい。それってすごく未来的だと思いました。そういったことも踏まえて V と入れてみました。
――たしかにそう言われてみると乾物の持つ可能性は大きそうですね。1冊目もそうでしたが、今回も英語と日本語のバイリンガル。外国の方からの反応はどうですか?
谷尻 1冊目のときに、外国の方から「何で日本食の本なのに出汁が出てこないの?味噌が出てこないの?」と言われまして。これまでの先人の方々がたくさん本を出されたり、お話されてるなかで、私ごときが言及しなくてもいいんじゃないかなと思って1冊目は省いたんです。けど、英語表記というのは私なりにこだわりもあって、それならば「ジャパニーズおかん料理」というの伝えようと。ベーシックなことをアップデートしたもので紹介する必要性を感じた、ということですね。
ーー 出汁のつくり方や調味料のページも充実していて、読み物としても面白いですよね。ヴィジュアルの美しい本ですが、同時に読むところも多いのも特徴ですね。
谷尻 レシピ本でありつつ、読み物であり、フォトブックでありたいという思いがあって。料理本て、書店には「料理本コーナー」にしか置かれないんですが、それだと料理が好きな人にしか届かない。料理にあまり興味がなかった人に「これならもしかしたらいけるんじゃね?俺も」ということにしたいなと思って、こういう体裁にしました。料理はしないけど、ライフスタイルやデザインには興味あるという人に見てもらいたかった。「置いてあるのをパラパラめくってみる」という行為に発展させられるようにしたかったんです。
例えば、夢は素敵なホテルとかのロビーにポコンと置かれてて、なんか手持ち無沙汰だから見ちゃうみたいな。だから、たまにホテルに置いていただいてたりすると、すごく嬉しくて。
令和のおふくろの料理とは?
――なるほど。谷尻さんの提案する「現代のおふくろの料理」って、お母さんの作る料理、というより、誰でも作れる新しいスタンダードな料理、っていう感じですね。
谷尻 そうなんです。今は誰もが忙しいし、慌ただしいですよね。だからこそ、誰でも作れる毎日の食事、というのが必要なんじゃないかと。例えばメープルシロップって、今ではどのスーパーでも売ってますよね。これを使うと簡単にコクを出すことができるからすごく便利。昭和の“おふくろの味”には絶対出てこない調味料ですけど、令和の今はそれを使って作業を簡単にできて美味しく料理が作れるならどんどん使えばいい。そういう視点で、時代に合わせて更新していくイメージです。だから、主食はもちろんご飯だけじゃなくて、パンにパスタ、ライスヌードルやクスクスだってあると思います。今の家庭料理には。
それと、今の調理器具や流通、食材を考えると、昔ながらの作り方じゃなくても大丈夫なんです。例えば小豆を煮る時にも、昔のレシピだと渋抜きをしなさい、1回沸騰させて渋みを抜くために10分水に浸しなさいとかって書いてありますけれど、今は火力の調整が簡単だし、小豆も鮮度が高いので弱火でコトコト煮るだけでOK。プロのような洗練された味を求めるのではなく、2日に1回炊いても苦じゃないものなんだってことを提案したくて。だし汁に関しても、料亭のだし汁を目指さなくてもいい、と今回の本にも書きました。作らないより作るということを選択してほしい、そうなるには、なるべくハードルを下げられないか、ということを考えてます。
――谷尻さんにとっての「おふくろの味」って何ですか?
谷尻 五目豆と、昆布の煮物。あと、大根おろしのパスタなんですけど、母の勝手な独創的なパスタで(笑)。大根おろしが乗ってて、炒めたベーコンがパスタに絡んでいて、一番最後にしらすがかかっている。で、万能ネギがパラパラみたいな。味付けは単なるお醤油。でもね、美味しいんですよ。
――五目豆煮るの大変ですよね。
谷尻 ねえ。今考えるとよくやっていたなと思います。私は地味なものばっかり好きでした。姉と妹と全然違いました。姉と妹はシチューカレーハンバーグが好きで、私と弟は、醤油味の地味なご飯が大好きで。不思議なものですね。
――お母様はどんな方ですか?
谷尻 私にとっては天使みたいな人で。性善説を地で行ってるような人で本当に優しい。掘っても掘っても優しくて、45年間変わらず優しいので、すごいなと思って。私は4人兄弟で、さらに祖父母がいる大家族だったので、食事の準備はおおざっぱ(笑)。いや、大らかと言うべきか……。けれども、愛情はたっぷりと言うかね。行事もマメにしてました。生きがいを家族に見出している人です、父も母も。ふたりともゴルフとかドライブとか水泳とか特別な趣味は全くなくて、趣味=家族という人たちなんです。
――家族が趣味って、すごく素敵ですね。谷尻さんのお子さんにとっての“おふくろの味”ってなんだと思いますか?
谷尻 一番好きな料理って何?って聞いたら「おでん」って言うんです。出汁が好きみたいで、それは嬉しいですね。我が家のおでんのお出汁は鰹と昆布の定番で。薄口醤油と塩とみりんで調味します。砂糖は入れないです。あと、息子はタコが好きなのでタコを入れます。大根、タコ、こんにゃく、卵、これは必ず入ってます。それと、高野豆腐を煮たものも好きですね。洋食も作ってるんですけどね、ラザニアとか。
――高野豆腐の煮物が好きな小学生、いいですね(笑)。誠さん(夫である建築家の谷尻誠さん)はいかがですか?
谷尻 彼はちょっとエスニックなものが好き。2冊目の本の中では「辛い牛炒め たっぷり野菜と」がお気に入りみたいです。ナンプラーときび糖と、グリーンカレーのペーストそしてお醤油を使うんですが、グリーンカレーのペーストは保存料や化学調味料が入ってないものが多いので、よく使います。あっという間にエスニックテイストになるのでおすすめです。あとは、本には載ってない自宅料理だとガパオが大好物。
――息子さんとお父さんが逆なような。
谷尻 たしかに(笑)
――写真を見るとすごくおしゃれで、一見手間がかかりそうと思うんですけど、作ってみると手軽にできるものが本当に多いですね。これからの季節におすすめのものってありますか?
谷尻 「にんにく醤油チキン」は、冷凍もできるのでおすすめです。タレに漬け込んでおいて冷凍しておけば、解凍してオーブン焼きすればいいだけなので。キャンプやBBQの時などに便利です。
――今後の展望や、こんなのやってみたいっていうのはありますか?
谷尻 1冊目も2冊目も、自分の手が写っている写真を表紙にしたんです。それを続けたいなと思って。そしてこの手がどんどんシワシワになってもやり続けたい、シワシワの手を喜びたいというのが目標ですね。3冊目も4冊目も続けていきたいと思います。あとは、海外でも出版したいですね。