DATE 2020.09.30

『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』が警鐘を鳴らす、無防備な10代とソーシャルメディアとの付き合い方

ティーン世代にこそ観て欲しいNetflixコンテンツを映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんがレコメンド。第4回は、SNSが与える脅威に警鐘を鳴らすドキュメンタリー&ドラマ作品『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』。
『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』より

最近、自分の身の回りで「ソーシャルデトックス」をおこなう人が増えている。Facebook、Instagram、Twitter、LINEをはじめとするソーシャルメディアを丸一日、あるいは数日間絶って、例えば家族や友人との親密な時間や、旅行先での非日常に、自分の五感すべてを傾けてみること。それは、普段どれだけ自分が無意識のまま1日に何時間もスマホの画面を見ることに費やしていたかに気づいて、スマホやソーシャルメディアとの付き合い方を考え直すきっかけにもなる。コンピューター科学者、ジャロン・ラニアー(本作にも登場する)の『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』をはじめとして、近年はソーシャルメディアの中毒性に警鐘を鳴らす本もいくつか刊行されている。「ソーシャルデトックス」はあくまでも一時期的なものではあるが、多くの人が「この生活はどこかがおかしい」と思うようになってきた。

 

もっとも、「ソーシャルデトックス」なんて悠長なことを言えるのは、「スマホがなかった生活」の記憶が朧げながらある世代以上の話で、物心ついた時にはもう身近にスマホが存在していて、多くが中学生になる頃までには自分自身のスマホを所持するようになる現在の10代にとっては、ほとんど命を奪われるのと同じくらい現実味がない話かもしれない。本作『監視資本主義 デジタル社会がもたらす光と影』は、GoogleやFacebookの元スタッフたちが、いわば内部告発のようなかたちで自分たちがその発展に寄与してきた現在のデジタル環境の危険性を訴えた作品だが、作中には随所にドラマのパートが挿入されている。そのドラマで主題として取り上げられているのは、「中学生の頃からソーシャルメディアに接してきた初めての世代」である1996年以降生まれのZ世代のこと。本コラムでこれまで取り上げてきた作品とは違って、本作の主人公は君たち10代なのだ。

『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』より

「ソーシャルメディアが普及し始めた2011年と比べて、10代後半の女性の自傷による入院は63%増加、10代前半の時女性の自傷による入院は183%増加」。「2000年から2009年までの10年間と、2010年から2019年までの10年間で、10代後半の女性の自殺は70%増加、10代前半の女性の自殺は151%増加」。作中にデータとして示されていく、この10年間に起こった10代を取り巻く環境の大きな変化。もちろん、それらのすべてがソーシャルメディアのせいとは言えないが(本作にはそこを決めつけすぎている傾向がある)、社会環境や生活環境の変化の中心にあったのがソーシャルメディアであったことは間違いない。

 

本作でGoogleやFacebookの元スタッフ、そして学者や専門家たちによって繰り返し語られているのは、ソーシャルメディアのサービスを提供している企業にとって、我々ユーザーは「客」ではないということだ。ソーシャルメディアにとって「客」とはあくまでも広告主であり、彼らは自社のサービスによって収集した我々の日常生活や行動が蓄積されたデータを解析し、広告と効果的に結びつけることで収益を生み出している。つまり、我々は企業から企業に毎日リアルタイムで売られている何十億もの「商品」の一つでしかないのだ。

『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』より

ソーシャルメディアのサービスは、そもそもの構造として「人間の商品化」を前提としている。ソーシャルメディアでは、インフルエンスする者とされる者との間に明確にヒエラルキーが存在しているが、その価値観は人々の総意によって生み出されたものなどではなく、最終的には広告主にとって利益に誘導するための価値観に基づいたイビツなものだ。そこから最も無防備に影響を受け、時に自尊心が傷つけられ、不安や不満に苛まれることになるのは、まだ人生経験が少なく、人間関係が狭い(しかもその人間関係への依存度が高い)、10代であるのは当然のことだろう。

 

今この瞬間にも、ソーシャルメディアを運営する企業はデータを収集&解析し続け、そのアルゴリズムは精度を高めると同時に、その存在をまるで空気や水のように「自然なもの」であると人々を錯覚させるべく果てしない「洗練」へと向かっている。恐ろしいのは、この流れ自体はもはや誰かの意思や意図によって変えられるようなものではないこと。それでいて、その流れの中にフェイクニュースをはじめとする悪意や世論操作や政治的に偏向した思想をのせることは容易いことだ。本作でも結論として語られている「サービスの基本設計自体が悪い結果を生む」という考え方が今では専門家の共通認識となっているということは、もっと広く周知されるべきだ。

「シリコンバレーの良心」として注目を集めた元グーグルのエンジニア、トリスタン・ハリス氏。『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』より

『監視資本主義 デジタル社会がもたらす光と影』の中で提起される解決法や対処法は限定的だ。ソーシャルメディアをデザインする現場の人々に、より強い倫理性を求めること。ソーシャルメディアの変革に向けて、社会全体でもっと圧力をかけること。我々ユーザーができることとしては、自分と違う意見の人を意識的にフォローすること。寝室にデジタルディバイスを持ち込まないこと。親の立場としては、16歳になるまで自分の子供にソーシャルメディアの使用を禁止すること(これはかなり難しそうだ)。今ダウンドロードしているアプリをできるだけ削除すること。多くの人が共通して主張していたのは、「とにかくスマホの通知を切る」ということ。これは自分も早速実践してみた。

 

Netflixオリジナル作品として配信されている『監視資本主義 デジタル社会がもたらす光と影』には、実は作品の外部に最大のオチがある。前述したコンピューター科学者ジャロン・ラニアーは作品の最後に強く警告する。「おすすめされる動画を絶対に見るな! 常に自分で見るものは自分で選べ! それも一つの戦い方だ!」。そのわずか数十秒後、過去のあなたの視聴履歴をすべて把握しているNetflixは、「あなたにおすすめの次の作品」を画面の隅に表示してくる。

本作品と合わせて読みたい一冊。

『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』

著/ジャロン・ラニアー 訳/大沢章子(亜紀書房)

 

Netflix映画『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』独占配信中

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